幸せになる勇気

青年は詰問する。「教育は、不当な介入行為ではないのか?」

アドラー心理学の基本概念である「課題の分離」。この概念に従えば、本来勉強するかしないかは「子どもの課題」であり、親が介入するべきものではありません。しかし、ならば「教育」とはなんなのか。他者の課題に土足で踏み込む、不当な行為なのではないか? 青年は哲人に詰め寄ります。100万部を突破したベストセラー『嫌われる勇気』待望の続編『幸せになる勇気』より、第一部を特別掲載いたします。

教育の目標は「自立」である

哲人 さあ、どこからいきますか?

青年 いま、わたしが抱える喫緊の課題は、やはり教育です。教育を軸に、アドラーの矛盾を暴いていきましょう。アドラーの思想はその根本において、あらゆる「教育」と相容れないところがあるのですから。

哲人 なるほど、おもしろそうです。

青年 アドラー心理学には「課題の分離」という考え方がありますよね? 人生のあらゆる物事について「これは誰の課題なのか?」という観点から、「自分の課題」と「他者の課題」を切り分けて考える。たとえばわたしが、上司に嫌われているとする。当然、気持ちよくはありません。なんとか好かれよう、認めてもらおうと、努力するのが普通です。
 しかしアドラーは、それは間違っていると断ずる。わたしの言動、またわたしという人間について、他者(上司)がどのような評価を下すのか。これはその上司の課題(他者の課題)であって、わたしにコントロールできるものではない。わたしがどれだけ好かれる努力をしても、上司はわたしを嫌ったままかもしれない。
 そこでアドラーは言うわけです。「あなたは他者の期待を満たすために生きているのではない」。そして「他者もまた、あなたの期待を満たすために生きているのではない」と。他者の視線に怯えず、他者からの評価を気にせず、他者からの承認も求めない。ただ自らの信じる最良の道を選ぶ。さらには他者の課題に介入してはいけないし、自分の課題に他者を介入させてもいけないと。はじめてアドラー心理学に触れる者にとって、大きな衝撃をもたらす概念です。

哲人 ええ。「課題の分離」ができれば、対人関係の悩みはかなり軽減されます。

青年 さらに先生は、こうおっしゃいました。それが誰の課題であるのか、見分ける方法は簡単である。「その選択によってもたらされる結末を、最終的に引き受けるのは誰なのか?」。これを考えればいいのだと。間違っていませんね?

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幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

--- - "岸見 一郎" - "古賀 史健"
ダイヤモンド社
2016-02-26

この連載について

初回を読む
幸せになる勇気

岸見一郎 /古賀史健

『嫌われる勇気』から3年後、教師になった青年は再び、哲人のもとを訪ねる。「アドラーを捨てる」という、思ってもみなかった決意を胸にして。本当に「世界はシンプルであり、人生もまたシンプル」なのか。それとも「アドラー心理学」は現...もっと読む

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コメント

nazenazeboy "他者の視線に怯えず、他者からの評価を気にせず、他者からの承認も求めない。ただ自らの信じる最良の道を選ぶ。さらには他者の課題に介入してはいけないし、自分の課題に他者を介入させてもいけないと。はじめてアドラー心理学に触れる者にとっ…" https://t.co/6wVrQvKOCZ 2年以上前 replyretweetfavorite

oioi86 |古賀史健 @fumiken /岸見一郎 Kindle版も出たようなのでポチッとな。 https://t.co/kaoF8MaaTY 2年以上前 replyretweetfavorite

hatarou 課題の分離、そしてアドラーと教育 2年以上前 replyretweetfavorite