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『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』 - (達人出版会)

僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
図書室にて
僕とテトラちゃんは村木先生の《カード》に出された積分の問題に挑戦していた。
テトラちゃんは、かなりいいところまで解いたのだけれど、条件を見逃してしまった。
テトラ「うかつでした……」
僕「大丈夫。テトラちゃん、まだ名誉挽回できる!」
テトラ「え?」
僕「あのね、僕は村木先生がなぜこの問題を出したか、気になってたんだ。でも、わかったよ。 ほら、いつもと違って問題形式になっているよね。ここにトリックがありそう。 つまり、この問題を解いて、それだけで終わりにするかが、試されているんだよ」
テトラ「す、すみません。意味がよくわからないのですが」
僕「この計算は$\sin mx\sin nx$の定積分だったよね(第147回参照)」
テトラ「はい、そうです。場合分けが出てきました」
$$ \int_{0}^{2\pi} \sin mx \sin nx \,dx = \left\{ \begin{align*} & 0 && \text{$m \neq n$ $\HIRANO$場合} \\ & \pi && \text{$m = n$ $\HIRANO$場合} \\ \end{align*} \right. $$
僕「僕たちの手元には$\sin$と$\cos$があるよね。ということは……他の問題も作れるよ!」
テトラ「他の問題!」
僕「うん。$\cos mx\cos nx$や、$\sin mx\cos nx$を、問題1と同じように$0$から$2\pi$までの範囲で定積分してみたら、いったいどうなるだろう」
テトラ「なるほどです。きっと、場合分けが出てくるんじゃないでしょうか! あたし、今度は間違えません!」
しばらく離れた席で計算を続け、 やがて、テトラちゃんが戻ってきた。
テトラ「先輩! できました。検算もしました。やはり、予想通りに《場合分け》が出てきましたよ!」
僕「あ、ミルカさん。それはもしかして……」
ミルカ「もしかしなくても、《カード》だよ」
僕「ははーん。わかったぞ。ねえ、ミルカさん。その《カード》に何が書かれているか、 当ててみようか?」
テトラ「あ! あたしもわかりましたよ! 複数の《カード》による波状攻撃ですねっ!」
ミルカ「何の話?」
僕「いや、村木先生の問題を一つ解いたところで、他のバリエーションができそうだと話していたところなんだ。 ミルカさんがもらった《カード》は、村木先生にしてはめずらしく、 明示的に《問題》の形になっているんじゃない?」
テトラ「そして、その《問題》は定積分ではないでしょうかっ!」
ミルカ「いや、ちがうな。問題の形にはなっていないし、定積分にもなっていない。あいかわらずの思わせぶりな数式だけだ」
テトラ「あれ、あれれ?」
僕「どんな数式?」
$$ \left\{\begin{array}{llll} f_0(x) &= \dfrac12\left\{ f(x) + f(-x) \right\} \\ f_1(x) &= \dfrac12\left\{ f(x) - f(-x) \right\} \\ \end{array}\right. $$
テトラ「これは……いったい何でしょう」
僕「何だろう。確かに問題の形じゃないし、定積分でもないね。テトラちゃんがいま解いた定積分の、別パターンが書かれてると思ったんだけど」
テトラ「あ、あたしもそう思いました。ミルカさんが解く前に答えを出すことができたかもっ!……と思ったんでしたが」
ミルカ「さっきから言ってる《定積分》とは?」
テトラ「これです! これが、村木先生からの定積分の問題を解いたものです」
$$ \int_{0}^{2\pi} \sin mx \sin nx \,dx = \left\{ \begin{align*} & 0 && \text{$m \neq n$ $\HIRANO$場合} \\ & \pi && \text{$m = n$ $\HIRANO$場合} \\ \end{align*} \right. $$
ミルカ「なるほど、そういうことか」
僕「そういうこと?」
テトラ「あたしは条件を見落として、この問題そのものは解けなかったのですけれど、これと似て非なる他の問題を作って、そして、解いていたんです。 こういう問題になります」
$m$と$n$は$1$以上の整数とする。以下の定積分を求めよ。
$$ \begin{align*} \int_{0}^{2\pi} \cos mx \cos nx \,dx &= \cdots && \text{(1)} \\ \int_{0}^{2\pi} \sin mx \cos nx \,dx &= \cdots && \text{(2)} \\ \end{align*} $$
(※問題2は第147回に)
ミルカ「ふむ」
テトラ「村木先生の問題1は$\sin mx \sin nx$の積分でした。なので、$\cos mx \cos nx$と$\sin mx \cos nx$の積分を計算しようと思いました。 $\cos mx \sin nx$は$m$と$n$を入れ換えるだけなので、計算し直す必要はありません」
ミルカ「むろん。では、これを……」
テトラ「ですです。$\sin mx \sin nx$は最後の最後で先輩に助けていただきましたが、$\cos mx \cos nx$と$\sin mx \cos nx$はあたし一人で解くことができました! まず、$\cos mx \cos nx$から行きます」
* * *
積分をしたいのですから、$\cos mx \cos nx$という《積》を《和》の形に持っていこうと考えます。 そのために、三角関数の積和公式を使います。
$$ \cos mx \cos nx = \dfrac12 \left\{ \cos (m+n)x + \cos (m-n)x \right\} $$
これを使って、求めたい定積分を和の形に直します。
$$ \begin{align*} \int_{0}^{2\pi} \cos mx \cos nx \,dx &= \int_{0}^{2\pi} \dfrac12 \left\{ \cos (m+n)x + \cos (m-n)x \right\} \,dx \\ &= \dfrac12 \int_{0}^{2\pi} \cos (m+n)x + \cos (m-n)x \,dx \\ \end{align*} $$ * * *
ミルカ「……」
テトラ「そして、$m = n$かどうかで《場合分け》を行います。ここが大事ですっ! まず、$m \neq n$の場合は……」
$$ \begin{align*} \int_{0}^{2\pi} \cos mx \cos nx \,dx &= \cdots \\ &= \dfrac12 \int_{0}^{2\pi} \cos (m+n)x + \cos (m-n)x \,dx \\ &= \dfrac12 \left[ \dfrac{\sin(m+n)x}{m+n} + \dfrac{\sin(m-n)x}{m-n} \right]_{0}^{2\pi} \\ &= 0 \\ \end{align*} $$テトラ「$0$になるのは、$\sin(m+n)x$も、$\sin(m-n)x$も、$x = 0$と$x = 2\pi$で$0$になるからです」
ミルカ「ふむ」
僕「いいねえ」
テトラ「$m = n$の場合には$\cos (m-n)x = \cos 0 = 1$になりますので、積分すると$x$が出てくるんです」
$$ \begin{align*} \int_{0}^{2\pi} \cos mx \cos nx \,dx &= \cdots \\ &= \dfrac12 \int_{0}^{2\pi} \cos (m+n)x + 1 \,dx \\ &= \dfrac12 \left[ \dfrac{\sin(m+n)x}{m+n} + x \right]_{0}^{2\pi} \\ &= \dfrac12 \left[ \quad x \quad \mathstrut \right]_{0}^{2\pi} \\ &= \dfrac12 (2\pi - 0) \\ &= \pi \\ \end{align*} $$僕「同じだ」
テトラ「そうですね。$\sin mx \sin nx$のときと同じになります」
$$ \int_{0}^{2\pi} \cos mx \cos nx \,dx = = \left\{ \begin{align*} & 0 && \text{$m \neq n$ $\HIRANO$場合} \\ & \pi && \text{$m = n$ $\HIRANO$場合} \\ \end{align*} \right. $$
ミルカ「なるほど」
テトラ「同じようにして、今度は$\sin mx \cos nx$の定積分ですっ!」
* * *
今度も先ほどと同じです。 $\sin mx \cos nx$という《積》を《和》の形に持っていきます。 またまた、三角関数の積和公式を使います。
$$ \sin mx \cos nx = \dfrac12 \left\{ \sin (m+n)x + \sin (m-n)x \right\} $$
これを使って、求めたい定積分を和の形に直します。 ここでも$m-n$が出てきますので、まずは$m \neq n$の場合は……
$$ \begin{align*} \int_{0}^{2\pi} \sin mx \cos nx \,dx &= \int_{0}^{2\pi} \dfrac12 \left\{ \sin (m+n)x + \sin (m-n)x \right\} \,dx \\ &= \dfrac12 \int_{0}^{2\pi} \sin (m+n)x + \sin (m-n)x \,dx \\ &= \dfrac12 \left[ \dfrac{-\cos(m+n)x}{m+n} + \dfrac{-\cos(m-n)x}{m-n} \right]_{0}^{2\pi} \\ &= -\dfrac12 \left[ \dfrac{\cos(m+n)x}{m+n} + \dfrac{\cos(m-n)x}{m-n} \right]_{0}^{2\pi} \\ &= -\dfrac12 \left\{\underbrace{\dfrac{1}{m+n} + \dfrac{1}{m-n}}_{\text{$x = 2\pi$}} - \underbrace{\left( \dfrac{1}{m+n} + \dfrac{1}{m-n} \right)}_{\text{$x = 0$}} \right\} \\ &= 0 \\ \end{align*} $$ * * *
テトラ「このように、やはり$0$になります。そして$m = n$の場合ですが、今度は$\sin (m-n)x = \sin 0x = \sin 0 = 0$ということで、先ほどのような$1$が出てきません。なので……」
$$ \begin{align*} \int_{0}^{2\pi} \sin mx \cos nx \,dx &= \dfrac12 \int_{0}^{2\pi} \sin (m+n)x + \sin (m-n)x \,dx \\ &= \dfrac12 \int_{0}^{2\pi} \sin (m+n)x + 0 \,dx \\ &= \dfrac12 \int_{0}^{2\pi} \sin (m+n)x \,dx \\ &= \dfrac12 \left[ \dfrac{-\cos(m+n)x}{m+n} \right]_{0}^{2\pi} \\ &= \dfrac12 \left( \underbrace{\dfrac{-1}{m+n}}_{\text{$x = 2\pi$}} - \underbrace{\dfrac{-1}{m+n}}_{\text{$x = 0$}} \right) \\ &= 0 \\ \end{align*} $$僕「へえ」
ミルカ「ふむ」
テトラ「……なので、$\sin mx \cos nx$の場合は、$m$と$n$がどうであれ、定積分は$0$になります! これで答えが出ましたっ!」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)