男であること」を振りかざすマッチョたち

他人のジェンダー観と思想を切り分けて考えるのが難しいという深澤真紀さん。一方、武田砂鉄さんは自分のなかでそれらは分解できるといいます。おふたりはジェンダーについて考えるとき、どんなことを意識されているのでしょうか?

批判した相手を好きになれるのか

深澤 私は今48歳ですけど、子どもの頃から比べれば世間のジェンダー意識はだいぶ変わったと思います。格段に“マシ”にはなったし、マシになることはすごく大事だと思う。ただ前回も話したように、マチズモが常態化した部分は放置されているところが多い。先日、「ああこう来たのか」と思った記事があって。

武田 何の記事に対してでしょうか。

深澤 高橋源一郎さんの「死者と生きる未来」というエッセイ。安全保障関連法案が可決される前に書かれた文章で—彼は法案反対の立場で私もそれには同感なんですが—、戦争の話を語るのに、まず自分が売春の斡旋をしていた女衒(ぜげん)だった頃の話から始めるんです。それで、出会った風俗嬢が自傷をしても自分は何も感じなかったのだ、というんですよ。

武田 その原稿、読んでいないのですが、そこからどうやって安保の話に繋がっていくんですか。

深澤 このあと彼の戦死した伯父のことを持ち出すために、この枕を使ってるんですよ。安保に反対するのにこの話は必要? しかも戦死した伯父のことを持ち出すためにこの枕を使ってるんですよ。このエッセイを大絶賛している人がとにかく多くて、私一人だけが怒っているのかと、そのときの絶望感ったらありませんでした。

 これは「風俗嬢の自傷に何も感じなかった自分」ありきの構成なんです。「身体を売る女」は、文章を叙情的に飾る枕になる。ある種の左翼が「身体を売る女」に対して持っているロマンチシズムって、本当に歪んでると思う。女性の作家が戦争で亡くなった叔母の話を書くために、「身体を売る男」を枕に使ったらおかしいことがすぐわかるんですけどね。

 私自身もくそ左翼ではあるんだけど、なにより怒りっぽいくそフェミニストだから、こういう左翼男のロマンチシズムに隠されたマチズモは本当に受けつけられない。

武田 「フェミニスト」という言葉を携えてパトロールを始めると、ほとんど全員ひっかかってしまうのではないですか? どいつもこいつも駐車禁止のところで車止めやがって、というか。

深澤 そう、融通が利かなくなっちゃうから、どうしたらいいのかなといつも思いますよ。高橋さんのような一見味方に見える左翼男に対して、「彼の中のマチズモ」と、「安保反対のように思想的に同意できる部分」を別々に判断すべきなんだろうけど、うまくできないんです。武田さんは別々に判断できますか?

武田 そもそも明確に判別できると思っていません。分けたいと思ったところで、分けさせてもらえないことがほとんどです。曽野綾子の発言についてこう思いました、って書くと、「この人は彼女の全てがとにかく嫌い」というラベルを貼られるだけで処理されてしまう。好きなのかと聞かれたら好きではないと即答するでしょうが、そっち主導で大雑把に好き・嫌いの袋に入れて処理しないでくれ、と思うことは多いですね。矛盾するかもしれませんけど、たとえこちらが「嫌い」でも、そっちから「嫌い」の袋に入れないでよと思う。

深澤 私は性差別という、根本的な思想の部分はどうしても妥協できない。私という人間も否定されるわけだし、差別している本人も、それによって自分という人間を雑に扱っていると思うからです。
 例えば武田さんの『紋切型社会』を読んでいて「これは違うな」と思うところはあるけど、武田さんは根本に性差別を抱えていないしそこは分けて考えられる。因数分解できるっていうのかな。でも思想的に納得できる部分がある人でも、性差別が見えてしまうとその人への判断が難しくなってしまう。

武田 テキストとして記すことは難しくても、自分の頭の中で、どこまで考えても因数分解できないものって、あまりないかもしれませんね。

深澤 林さんや曽野さんも因数分解できますか?

武田 眼前に広がったものがムカついた、その時に、それを提出してきた人全体を否定することが前提になっているわけでも、もちろんゴールになっているわけでもありません。目の前に来た球にどう反応するか、ということを考えているだけなので、自分の中では分解された状態で接している、と思っています。一球一球、来た球に対して打つのか見送るのか決めています。その選手の実積によって、対応を変えたりはしませんね。

深澤 思想に対して選球眼を持つわけですね。私は性差別という球を投げるピッチャーはその人ごと否定しかねないので、そこが難しい。

マッチョと歪んだジェンダー観

武田 ジェンダーの問題で、悶々としていることがあります。昨年の頭に伊藤洋一さんというエコノミストがやっているラジオ番組にゲストで呼ばれたんです。この頃、サイボウズの作ったショートムービーが炎上して話題になっていたんですけど、覚えていらっしゃいますか?
※「サイボウズCM『働くママ~…』の炎上拡散が意味すること」--All About

深澤 はい、ワーキングマザーをテーマにしたムービーですね。働く女性とその配偶者を応援するという目的でつくられたのに「子育ては母親がメインでやって当然、父親は“手伝い”ができればいい」と見られるような内容になってしまっていて、サイボウズの女性への取り組み自体は賛成できるものが多いけど、このムービーに関しては問題だなと思いました。

武田 そのムービーについて語ってほしいということで、この映像のジェンダー観がいかに一辺倒だったかを、周辺の問題を混ぜながら、ああだこうだ20分くらい費やして喋ったんです。その議論自体には納得してもらった感覚があったんですが、最後に「まぁ、武田さんも、お子さんが産まれればわかると思いますけどね」というようなことを言われて自分の出番が終了。グッタリとしてしまった。

深澤 ひゃあ、いかにもおじさんが言いそうな台詞(笑)。

武田 あれからもう1年以上が経ちますが、ずーっと根に持っています。

深澤 私の、高橋さんへの怒りと同じですね。

武田 自分が経験していることを相手は経験していない、という時に、その一つで“未経験”ではなく“未成熟な存在”として規定してしまう。これって、結婚や出産の話題には特についてまわりますね。この手のことは今までに何度か味わってきていますが、これに慣れてはいけない。毎回、根に持つようにしています。「そうかー、ボクもそのうち分かるのかなぁー」なんて絶対思わない。子供がいれば分かるのかもしれないけれど、いないなら、いないなりのことを思う。

深澤 私もいちいち怒るタイプですけど、疲れますよね。「子どもができればわかりますよ」と言っちゃう人の考える「経済」とか、あるいは「身体を売る女を枕に戦死した自分の伯父を語る」人の言う「平和」ってなんなんだろうって考える一方、それが彼らだけの責任でないこともわかってはいるんですよ。

武田 彼らだけではないとは、どういうことですか?

深澤 ジェンダーの問題について考えていると、どうしてもマチズモを抱えた男性に憤らざるを得ないんだけど、それは彼らだけの責任ではない。彼らはマチズモを持って生まれたわけじゃなくて、「マチズモを選ばされてきた」んだと思う。

武田 マチズモを抱えてしまうような環境が整っていたということですか。

深澤 私も根本にマチズモがあるからわかるんです。この世の半分の人間に対して、「だってあいつらは女だからな」って思えばすむのなら、そっちにいくほうが楽でしょう。女をバカにする思想だけじゃなくて、女の母性とか聖性をあがめる思想だって根っこは同じです。私だって男に生まれていたらそっちを選んじゃったかもしれない。

武田 確かに、「男であること」が一つの切り札になるような場って、結局のところ、更新され続けていますね。

深澤 たしかに切り札ですよね。ただ、エコノミストとか作家がこの切り札の存在に無自覚でいちゃいけないんじゃないの、とも思う。

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共感しない、させない戦い方

武田砂鉄 /深澤真紀

「草食男子」「肉食女子」という言葉を生み出したコラムニスト・深澤真紀さんと、昨年ドゥマゴ文学賞を受賞し、cakesでは「ワダアキ考」でお馴染みのライター・武田砂鉄さん。元編集者であり、現在はさまざまな媒体で活躍するお二人が、現代におけ...もっと読む

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コメント

namaurako 高橋源一郎「死者と生きる未来」など についての深澤氏との対談 約1年前 replyretweetfavorite

shigusa_g "自分が経験していることを相手は経験していない、という時に、その一つで“未経験”ではなく“未成熟な存在”として規定してしまう。この手のことは今までに何度か味わってきていますが、これに慣れてはいけない。" | 約2年前 replyretweetfavorite

Ternod セックスワーカーの自傷行為を問題視しない高橋源一郎も、それを批判する武田砂鉄 /深澤真紀のどちらもセクシスト。反戦系リベサヨ&サヨクフェミはダメだわ。 約2年前 replyretweetfavorite

gohstofcain https://t.co/IZkoTYCK4x この対談のこの回は、高橋源一郎の「死者と生きる未来」というエッセイの話から始まる。戦争を語るさいに、自分が売春の斡旋をしていた頃の話から始めることの違和感の話から。 2年以上前 replyretweetfavorite