赤い絨毯

第3回】友達

【前回まで】母方の祖母の家に預けられた「俺」。無事大曲に辿りつけたものの、寂しさは募ります。死んだ母親のことを思い出すと、耐え難い気持ちに襲われ、ひとの母親を見るだけで心が焼けるような思いになる。そんな、孤独の中に心を閉ざした「俺」の、大曲での新生活が始まります。

 雪がやや解け始めるころ、新しい学期と共に新しい学校へ足を向けると、また前回とは違う顔つきのクラスメートと対面することになった。もう俺の人生においてはまったく珍しいことではない。ただ、先方は違った。やはり、新しい友達が来るというので、毎度のように、好奇心に満ちた目で俺を見た。

 そして、ここでも、俺はやはり俺であった。わずか全校生徒6人の学校の7人目となりながら、授業以外で言葉を交わす機会はほとんどなかった。しきりと挨拶をしてくれて、どうにか仲間に入れよう、理解しようという心の動きが感じ取れても、どうしても言葉を積極的に交わそうという気になれぬ。彼らが悪いのではない、俺がいけないのである。ただ目を合わせられないのだ。嫌われると分かっていながら、嫌われることを恐れる心が彼らとの交流を拒もうとする。しばらくするうちに、クラスメートもそれを察知して、必要がない限り俺に話しかけようとしなくなった。いつもの展開である。授業中は生命力を回復し、休み時間はずっと心を閉ざして、恐らく言われているであろう陰口を聞かないようにするという日常だ。ただ、いままでの学校と少し違ったのは、積極的に俺をいじめてくれようという気の強い子がいないことだった。お土地柄だろうか。お陰で、無視はされたが持ち物を隠されるなどということもなく、平穏に日々は過ぎていった。

 4月も後半に入って雪が解けると、大曲は別世界となった。たまに田舎暮らしの時期もあったが、こうまで劇的な環境の変化を目の当たりにするのは生まれて初めてで、さっきまで雪原や雪山だったものが、ある日を境に突然小川が現れ、草が魔法のようにどんどん生えてきて、虫が飛び、どこからか鳥が来て、まったく別の色鮮やかな自然になった。日に日に、真っ白なキャンバスから彩りが浮かび上がってくるのだ。秋田というのはこんなに素晴らしい土地なのか。ああ、生きているというのはこういうことかと思った。気のせいなのは間違いないが、なんか山に呼ばれた気がした。

 いまにも雪に押しつぶされそうな婆ちゃんの小屋は、たかだか一週間かそこらで白い水芭蕉が一気に花開き、雪とは別の緑と白の世界が広がった。婆ちゃんはことのほか花が好きで、囲炉裏の前で夜になると必ず雪解け後の水芭蕉と、夏に咲くという赤いサルビアの花のことを話してくれた。いつもいつも、俺が帰るころには婆ちゃんはあばら家の周辺の草木の世話をしている。どういうわけか、花の話をすると婆ちゃんと俺の話は弾んだ。まるで、生まれてからずっと婆ちゃんが傍にいるかのような自然さで、毎晩寝るまで婆ちゃんと語らった。

 そして、俺が書庫を出て、あたりの山が居場所になるまで、そう時間はかからなかった。山の歩き方を婆ちゃんに教えてもらい、熊除けの鐘と、背丈半ほどの木の棒を携えて、赤帽を被り山に入るのが日課となった。頂に雪を乗せた山の中腹をうろついているうちに、木々の一本一本の違いが分かってきて、図鑑片手に草木を調べたり、昆虫を捕ったり。あっちが奥羽山脈で、こっちが出羽山地で、仙北平野や横手盆地を見晴るかす尾根の中腹で低木に登って腰をおろして弁当を食べて、遠くに鳥海山を臨む景色を見ながら持ってきた本を読んだり。

 遠くに行き過ぎて少し迷った際に蜂の大群に襲われて刺されて泣いて帰ったこともあるし、道中で熊の一家が出たので慌てて帰ったら、始末したいので出現場所を猟友会の人に教えて欲しいということでガイド役を務めてちょっとしたヒーローになったり、まあいろいろあった。ただ、そのときはいい気になったものの、大人が満面の笑顔で狩った熊、あれの子はどうなったのだろう。俺と同じで、親なしで腹ペコのまま山野をとぼとぼ歩くのかと思うと、胸が張り裂けそうになって、その晩ずっと寝られず、熊が出たなどと言わぬのが人の道だったかと反省したりもした。いっそ婆さんの部屋で添い寝してもらおうかと思ったが、それも気が引けて一晩じゅう、床で右を向いたり左を向いたりしていた。
 
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赤い絨毯

山本一郎

【著者より】  「『大人が読んで、心がゴトゴト動く童話』を紡いでいきたいと思います、パッチを当てて貼り合わせたものではない、縫って繋いだものではない、過去からいまへ繋がる道のりを、穏やかに書き綴りたいのです。  それは、捨てて...もっと読む

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nimurahitoshi 美しい文章だなあ… https://t.co/mI43xzRU6j 4年以上前 replyretweetfavorite