photo by Motonobu Okada ©SEIN / SIGMA Corporation
外では意見を言わないと、存在しないのと同じ
——青木さんは昨年、文化庁の文化交流使に任命され、アイルランドやパリ、ベルリン、ブダペスト、ケルンなど海外でたくさんの公演をされたと聞いています。海外で能×現代音楽の公演をすると、どういう反応があるんでしょうか。
おそらく能の舞台を普通にやると、言葉がわからないこともあり、なかなか理解が難しいと思うんです。でも、私の場合は現代音楽のコンサートとして公演をしているので、一つの新しい音楽として、抵抗なく受け入れられていると感じます。ヨーロッパでは、オペラハウスでもよく現代音楽の舞台がかかっているんです。現代音楽はジャンルのひとつとして確立されているんですよね。私の謡(うたい)の声はソプラノでもないし、西洋音楽の文脈からすると明らかに異質なもの。それを、新しい響きとして楽しんでもらえているのかなと思います。
今年は、私のために書かれた新作オペラ2作の上演が予定されています。馬場法子作曲《Nopera AOI葵上》とフランス人作曲家のオレリアン・デュモンによる《秘密の閨》です。《Nopera AOI葵上》は、能の演目である、源氏物語の「葵上」をベースにしたもので、パリなどフランス各地で上演します。《秘密の閨》は、能の「安達原」からインスパイアされたモノオペラ(登場人物が一人のオペラ)で、あいちトリエンナーレで世界初演します。自分のための新作オペラをつくるのはずっとやりたかったこと。演じるのがとても楽しみです。
——海外の公演は、日本の公演とどう違いますか?
海外公演はいつも戦いですね(笑)。日本とくらべて、お膳立てされていないことが多いですから。音響が悪かったり、レクチャーのスライドが表示されなかったり、床が汚かったり……。もちろん、そうじゃない環境のときもありますが、どんな事態も起こりうると覚悟しています。アウェイの環境でいいパフォーマンスをするためには、自分なりのモチベーションを保つポイントを見つけることが必要です。それは、ちゃんと対価が支払われることかもしれないし、お客さんにあたたかく迎えられることかもしれないし、メディアに取り上げられることかもしれないし、演出家に自分の意見が通ることかもしれない。「これがあったら私はがんばれる」ということを、見つけておくようにしています。
——海外で活動してみて、カルチャーショックはありましたか?
それは、ロンドンの大学院に留学してたころからありましたね。日本というか、能の世界では先生や家元の言うことに対して疑問をいだいてはいけなかったんです。言われたことにはとにかく、「はい」と答えて従う。「こういうことをやってみたいな」と考えていても、若いうちは黙っていることが正しい態度だった。留学で一番困ったのは、自分の意見を言うのが難しいことでした。能の世界の人間としては、自分は意見を持っている方だと思っていたのですが、それでもイギリスの大学院生とは全然違った。彼らはなんでもよいから発言します。日本人は間違ったことを言ってはいけないとか、正しいことを言おうとか熟慮しているうちに置いていかれています。
意見を言わないのは存在しないのと同じ。これは海外でアーティスト活動をしている今も、強く思います。海外では言ったもの勝ちのところがあって、「そんなこと言っていいの?」という主張まで気がついたら通っている。何も意見を言わない人は、他の人の都合に振り回されるばかりです。さらに日本人というだけで、いい人だと思われているんですよね(笑)。
——そうなんですか! それはいいことなのかわるいことなのか……。
だから、何でも言うことを聞くお人形ではない、ということは態度で示していかなければいけません。ヨーロッパでついてくれているマネージャーには、「日本から来ためずらしい芸能をやってる人、と見られて安く使われないようにしなさい」と言われました。自ら能アーティストとしての立場を確立して価値を付けていかないと、あちらの土壌で消費されてしまう、と。それからは自分がヨーロッパで何をしたいのか積極的に発信するよう、意識しています。
この海外で自分をアピールするモードと、日本で働くモードを切り替えるのが大変ですね。意見を言うモードのままだと、日本では仕事がスムーズに進みません。だから日本にいる時は極力、やわらかい人になろうとしています。
photo by Hiroaki Seo
壁は乗り越えず、するっと迂回する
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