幸せになる勇気

哲人は告げる。「あなたはアドラーを誤解している」

青年は、アドラー心理学を実践することの困難さにうちひしがれ、「アドラーを捨てるか否か」というところまで思い詰めていました。「アドラーはペテンだ」と激高する青年に、哲人は告げます。「あなたはアドラーの思想を誤解している」と。100万部を突破したベストセラー『嫌われる勇気』の待望の続編『幸せになる勇気』を、発売に先駆けて、特別掲載いたします。

人々はアドラーの思想を誤解している

哲人 まず、訂正させてください。先ほどあなたは「真理」という言葉を使いました。しかしわたしは、絶対不変の真理として、アドラーを語っているわけではありません。いわば、眼鏡のレンズを処方しているようなものです。このレンズによって、視界が開ける方は多くいるでしょう。一方、余計に目が曇るという方だっているでしょう。そういう人にまで、わたしはアドラーのレンズを強要しようとは思いません。

青年 おっと、逃げるのですね?

哲人 違います。こうお答えしましょう。アドラー心理学ほど、誤解が容易で、理解がむずかしい思想はない。「自分はアドラーを知っている」と語る人の大半は、その教えを誤解しています。真の理解に近づく勇気を持ち合わせておらず、思想の向こうに広がる景色を直視しようとしないのです。

青年 人々はアドラーを誤解している?

哲人 ええ。もしもアドラーの思想に触れ、即座に感激し、「生きることが楽になった」と言っている人がいれば、その人はアドラーを大きく誤解しています。アドラーがわれわれに要求することの内実を理解すれば、その厳しさに身を震わせることになるはずですから。

青年 つまり、わたしもアドラーを誤解しているとおっしゃるわけですね?

哲人 ここまでの話を聞く限り、そうです。とはいえこれは、あなただけの話ではありません。多くのアドレリアン(アドラー心理学の実践者)は、誤解を入口にして、理解の階段を登ります。きっとまだ、あなたは登るべき階段を見つけきれていないのでしょう。若き日のわたしにしても、すぐに見つけきれたわけではありませんでした。

青年 ほう、先生も迷った時期があったと?

哲人 ええ、ありました。

青年 では、教えていただきましょう。その理解に至る階段とやらは、どこにあるのです? そもそも階段とは、いったいなんなのです? 先生はどこで見つけたのです?

哲人 わたしは幸運でした。アドラーを知ったとき、ちょうど主夫として幼い子どもを育てていましたから。

青年 どういうことです?

哲人 子どもを通じてアドラーを学び、子どもとともにアドラーを実践し、理解を深め、確証を得ていったのです。

青年 だから、なにを学び、どんな確証を得たのかを聞いているのですよ!

哲人 ひと言でいうなら、「愛」です。

青年 なんですって?

哲人 ……もう一度言う必要はありませんよね?

青年 はっはっはっ、これはお笑いだ! 言うに事欠いて、愛ですって? ほんとうのアドラーを知りたければ、愛を知れと?

哲人 この言葉を笑えるあなたは、まだ愛を理解されていない。アドラーの語る愛ほど厳しく、勇気を試される課題はありません。

青年 ぺっ!! どうせ説教じみた隣人愛を語るのでしょう。聞きたくもありませんね!

哲人 あなたはいま、教育に行き詰まって、アドラーへの不信感を表明されている。のみならず、アドラーを破棄する、お前も二度と語るな、とまで意気込んでいる。なぜそこまで憤っているのか? きっとあなたは、アドラーの思想を魔法のようなものだと感じていたのでしょう。その杖を振れば、たちまちすべての願いがかなうような。
 だとすれば、あなたはアドラーを捨てるべきです。あなたが抱いてきた、誤ったアドラー像を捨て、ほんとうのアドラーを知るべきです

青年 違う! 第一に、そもそもわたしはアドラーに魔法など期待していない。そして第二に、あなたは以前こうおっしゃったはずだ。「人は誰でも、いまこの瞬間から幸せになれる」と。

哲人 ええ、たしかに言いました。

青年 あの言葉など、まさに魔法そのものじゃありませんか! あなたは「贋金にだまされるな」と忠告しながら、別の贋金を握らせようとしている。典型的な詐欺の手口です!

哲人 人は誰でも、いまこの瞬間から幸せになることができる。これは魔法でもなんでもない、厳然たる事実です。あなたも、他のどんな人も、幸福へと踏み出すことができます。ただし幸福とは、その場に留まっていて享受できるものではありません踏み出した道を歩み続けなければならない。ここは指摘しておく必要があるでしょう。
 あなたは最初の一歩を踏み出しました。大きな一歩を踏み出しました。しかし、勇気をくじかれ、歩みを止めたばかりか、いま引き返そうとされている。なぜだかおわかりですか?

青年 わたしに忍耐力がないとおっしゃるのですね。

哲人 いいえ。あなたはまだ、「人生における最大の選択」をしていない。それだけです。

青年 人生における、最大の選択!? なにを選べと?

哲人 先ほども申し上げました。「愛」です。

青年 ええい、そんな言葉でわかるか! 抽象に逃げないでください!!

哲人 わたしは真剣です。あなたがいま抱えられている問題は、すべて愛のひと言に集約されていくでしょう。教育の問題も、そしてあなた自身が進むべき人生の問題も。

青年 ……いいでしょう。これは論駁しがいがありそうだ。では、本格的な議論に入る前に、ひと言だけ申し上げておきます。先生、わたしはあなたのことを、まごうことなき「現代のソクラテス」だと思っているのですよ。ただし、その思想においてではなく、その「罪」において。

哲人 罪?

青年 なんでもソクラテスは、古代ギリシアの都市国家・アテナイの若者たちをそそのかし、堕落させた嫌疑によって、死罪を言い渡されたそうですね? そして脱獄を持ちかける弟子たちを制し、自ら毒杯をあおってこの世を去った。……おもしろいじゃありませんか。わたしに言わせれば、この古都でアドラーの思想を説くあなたも、まったく同じ罪を抱えておられる。つまり、世間知らずの若者を言葉巧みにそそのかし、堕落させている!

哲人 あなたはアドラーにかぶれ、堕落してしまったと?

青年 だからこそ、こうして決別の再訪を決意したのです。わたしはこれ以上、被害者を増やしたくない。思想的に、あなたの息の根を止めておかねばならない。

哲人 ……長い夜になります。

青年 しかし、今晩中、夜明けまでには決着をつけましょう。もう、何度も訪ねるまでもありません。わたしが理解の階段を登るのか。あるいは、あなたの大事な階段ごと打ち壊してアドラーを捨て去るのか。ふたつにひとつ、真ん中はありません。

哲人 わかりました。これが最後の対話になるでしょう。いや……どうやら、最後にしなければならないようです。

次回は2月22日(月)更新予定

『嫌われる勇気』は、cakesでもこちらからお楽しみいただけます。


人生を再選択せよ!ーー100万部のベストセラー『嫌われる勇気』の続編、ついに登場!

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

--- - "岸見 一郎" - "古賀 史健"
ダイヤモンド社
2016-02-26

この連載について

初回を読む
幸せになる勇気

岸見一郎 /古賀史健

『嫌われる勇気』から3年後、教師になった青年は再び、哲人のもとを訪ねる。「アドラーを捨てる」という、思ってもみなかった決意を胸にして。本当に「世界はシンプルであり、人生もまたシンプル」なのか。それとも「アドラー心理学」は現...もっと読む

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コメント

jpiku_m  いつの間にか出てた! 4年弱前 replyretweetfavorite

hiroc_sk 『嫌われる勇気』の続編!?→ “アドラー心理学ほど、誤解が容易で、理解がむずかしい思想はない” 4年弱前 replyretweetfavorite

shiyakeita “もしもアドラーの思想に触れ、即座に感激し、「生きることが楽になった」と言っている人がいれば、その人はアドラーを大きく誤解しています。” 4年弱前 replyretweetfavorite

AmanonG2 続き気になりすぎる。。 https://t.co/knHwZxCfyj 4年弱前 replyretweetfavorite