ここは東京、西新宿。医療器具メーカー「ドブ板メディカル株式会社」の3年目営業、出来内陽太(デキナイ・ヨウタ)には、いまちょっとした事件が起こっているようです。
陽太「か、河合さん……」
河合さん「はい」
提携先からの出向者、河合さんが顔を上げると、濡れ羽色の髪がさらりと揺れ、陽太はどきりとしました。
陽太「その……あの!! ちゅ……注文する!?」
そうです。今日は初めて、陽太が河合さんをランチに誘えた日なんです。
陽太はこのスーパーキャリアウーマンの河合さんに、ちょびっとフォーリンラブなのでした。
陽太「えっとねぇ、ここはこのセットがおいしくてね」
河合さん「じゃあそれを」
陽太「あ、うん。じゃあ、僕も同じのにしようかな」
河合さん「……」
陽太「……」
テーブルを挟んで座る二人を包む沈黙に、陽太はだらだらと冷や汗をかきました。
ど、どうしよう、会話が続かねぇぇ!!!
陽太は焦りました。
そういえば僕、河合さんとは必要なこと以外あんまり話したことないし……。
いや、大丈夫だ! なんとかなるはずだ!!
僕だって女の子にモテてた時があるはずだ! その時は滑らかにトークをしていたはず!
思い出せ……! その時の記憶を……!
陽太は必死で記憶を掘り返そうとしました。目をつぶれば見えてくるのは小さな砂場……。
そう、ここは……
園児A『陽太くーん、一緒に遊ぼうよぉ』
園児B『だめぇ、陽太くんはあたしと遊ぶのぉ』
だ、ダメだ!!(汗)
幼稚園児時代が最高のモテ期だっただと……!?
陽太が過去の記憶の引き出しと戦っているその時でした。
瑠雨図さん「あれ? 陽太くん?」
と、同僚の瑠雨図(ルウズ)さんに声をかけられたのでした。
陽太「え? 瑠雨図さん? どうしてここに?」
瑠雨図さんは陽太と同期入社の、栗毛色の髪をした、おめめくりくりのかわいこちゃんです。
瑠雨図さん「ちょっとランチ食べ逃しちゃって、一緒に食べていい?」
陽太「あ、うん。もちろんだよ!」
そう言いながら、陽太はちょっとホッとしました。
あれ? せっかく河合さんと二人っきりのランチができたはずなのに、なんで僕、ホッとしてるんだろう……。
陽太は自分で自分に首をかしげました。
瑠雨図さん「もう、ちょっと聞いてよ~。ほら、私監査部に異動になったじゃない? そこの課長がすごい最悪でぇ~」
瑠雨図さんは席に着くなり、マシンガンのように話し始めました。
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