1989年のテレビっ子

1989年」にテレビでなにが起こったのか【後編】

1989年は『オレたちひょうきん族』が終わり『ガキの使いやあらへんで!!』が始まった年。「てれびのスキマ」こと戸部田誠さんによる新刊『1989年のテレビっ子』は、“テレビが変わった”1989年を軸に、多くの芸人などの青春時代を膨大な資料から活写した青春群像劇です。
多くの芸人やテレビマンたちが、ブラウン管の中を舞台にその情熱をみなぎらせる一方で、テレビっ子・戸部田誠さんにとって「青春」とはなんだったのでしょうか。テレビに出る人、作る人、見る人。三者三様の「1989年」を巡る群像劇が、ここから紐解かれていきます――。

1989年の戸部田誠

 1989年。

 それは、70年代後半に一度は停滞したものの、80年のマンザイブームによって生まれ変わったテレビバラエティが〝青春時代〞を迎えた年である。

 ある者はこの年に青春時代を終え、またある者は青春の只中に突入した。

 そして現在、そこで築かれた〝平成バラエティ〞がひとつの転換期を迎えようとしている。

『笑っていいとも!』「グランドフィナーレ」は確かに「テレビの最終回」かもしれない。だが、同時に『ひょうきん族』の最終回がそうであったように、新たな時代の誕生祭でもあるはずなのだ。

 あの頃、芸人たちは各世代が入り混じって戦国時代のように真剣を振り回しながら戦っていた。それは芸人たちに、あるいは裏方の作り手たちにとっても青春だった。そしてそれを見る僕たち視聴者にとっても。

 テレビに出る人、作る人、見る人……。立場は違うがみんなテレビっ子だった。「テレビっ子」という言葉は、1960年代に生まれた言葉だという。もともとは、テレビがない時代に育った世代に対して、幼い頃からテレビを見て育った世代を指す言葉だった。ビートたけしやタモリから明石家さんまらの世代だ。やがて言葉の意味は変遷し、テレビが当たり前になった80年代頃には、世代を抜きにして他人よりもテレビが好きな子どもを指すようになった。つまりとんねるずやダウンタウン、ウッチャンナンチャンたちがそうだ。そしていまはインターネットなどの普及によってネットがテレビに取って代わったという層も出てきた。ネットをはじめとする他の娯楽が溢れているためにテレビを見ないという人が珍しくなくなった。そういった層に対して今でもテレビが好きな人たちがあえて「テレビっ子」を名乗る場合もある。つまり僕だ。

 部屋で座ってテレビを見る。それが僕にとっての「青春」だった。

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1989年のテレビっ子

てれびのスキマ(戸部田誠)

1989年は『オレたちひょうきん族』が終わり『ガキの使いやあらへんで!!』が始まった年。『ザ・ベストテン』が裏番組の『みなさんのおかげです』に追い落とされた年。“テレビが変わった”1989年を機軸に、お笑い第三世代ほか、多くの芸人とテ...もっと読む

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コメント

ruhemac “「テレビを見るのが趣味」なんて言えなかった。”以降の文、全く同感です^_^; 1年以上前 replyretweetfavorite

mrkmfmhk |1989年のテレビっ子 |てれびのスキマ(戸部田誠)|cakes(ケイクス) https://t.co/yw5ktzXewk 1年以上前 replyretweetfavorite