​『オデッセイ』 火星で機嫌よく芋を栽培する方法

アンディ・ウィアーの『火星の人』を原作とした、リドリー・スコット監督のSF映画『オデッセイ』。この話題作について、ブロガーの伊藤聡さんは、絶体絶命の状況に陥った人物が、その逆境とどう向き合うのかに注目して見ています。火星に一人取り残された男は、いかに生きようとするのでしょうか?

『エイリアン』(’79)や『ブレードランナー』(’82)など、SF映画を得意とするリドリー・スコット監督の新作が『オデッセイ』である。今作は、火星での有人探査を行うNASAのチームと、彼らを地球でバックアップする人びとが題材だ。任務遂行中のチームは、天候の悪化によりミッション中止を決定する。6名のクルーは急いで火星を脱出するが、そのうち1名がアクシデントにより逃げ遅れてしまった。脱出時の事故で死亡したとみなされ、火星に置き去りにされた植物学者マーク・ワトニー。しかし彼は、かろうじて一命を取り止めていた。次にNASAの探査チームが火星へやってくるのは4年後。食糧は残り少なく、地球との通信手段は失われている。火星の基地にひとり取り残されてしまった男は、絶望的な状況のなか、果たして地球へ帰る方法を見つけることができるだろうか。主演は、『プライベート・ライアン』(’98)『ボーン・アイデンティティー』(’02)などで知られるマット・デイモン。

火星に取り残されるという最悪な状況にあって、観客は誰しも、マット・デイモン演じる主人公マーク・ワトニーの陽気さ、ポジティブな性格に感心させられるだろう。彼はとにかく「機嫌がいい」のである。人が生きていくうえで必要な資質は数あれども、機嫌よく暮らしていくことは、われわれの生活を豊かにする必須条件なのだとあらためて感じさせられる。たとえ火星にひとり取り残されたとしても、ユーモアと楽観性で自分の置かれた状況を笑いつつ、それを乗り切ろうとすること。*1

それにしても、「機嫌がいい」とは何とすばらしい資質だろうか。過酷な状況を持ち前の上機嫌でサバイバルしていく主人公のようすは、映画全体のトーンを明るく変えている。大きすぎる目標に絶望するのではなく、目の前の小さな課題をひとつずつクリアしていく彼のポジティブな態度。こつこつと栽培した食用の芋がようやく芽を出したよろこびは、観客にも切実に伝わってくる。主人公が芋栽培をする映画で、これほどに心を揺さぶられるとは考えてもみなかった。植物学者としての知識、NASAで積んだ訓練などと同様、マーク・ワトニーはその機嫌のよさを武器に生き残っていくのだ。

主人公が取り残された火星の風景は、まるで西部劇の舞台のようである。宇宙服さえなければ、火星の場面は19世紀のアメリカ西部とほとんど見わけがつかない。そして本作は、新しい土地を開拓して生活を根づかせるという意味で、実に西部劇らしいストーリーなのだ。原作でも、火星のマーク・ワトニーを助けに向かう計画は「カウボーイの救出劇」と比喩される。*2保安官や悪漢が出てきて、派手な撃ち合いをするだけが西部劇ではない。名作『シェーン』(’53)でも描かれているように、斧をふるって木を切り、畑を耕し、作物を育てるといったシーンは、西部開拓を語るうえで欠かせないものだ。

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およそ120分の祝祭 最新映画レビュー

伊藤聡

誰しもが名前は知っているようなメジャーな映画について、その意外な一面や思わぬ楽しみ方を綴る「およそ120分の祝祭」。ポップコーンへ手をのばしながらスクリーンに目をこらす――そんな幸福な気分で味わってほしい、ブロガーの伊藤聡さんによる連...もっと読む

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campintheair 『オデッセイ』公開当時に書いた評です。タイトルは「火星で機嫌よく芋を栽培する方法」。見ていると元気が出てくる。もっと機嫌よく、ユーモアと知性で人生に立ち向かおうと思えるのだ。 https://t.co/yq85sobWBL 3年弱前 replyretweetfavorite

consaba 映画評・伊藤聡 #ss954 #eiga 約3年前 replyretweetfavorite

Yojioji 地球でも火星でも、どこにいても機嫌が悪いわ今日は。 『オデッセイ』 火星で機嫌よく芋を栽培する方法|伊藤聡 @campintheair https://t.co/C0dUMUiK28 3年以上前 replyretweetfavorite

Yojioji 『オデッセイ』 火星で機嫌よく芋を栽培する方法|伊藤聡 @campintheair https://t.co/C0dUMUiK28 ​『オデッセイ』 「人が生きていくうえで必要な資質、機嫌よく暮らしていくことは、われわれの生活を豊かにする必須条件なのだと」 3年以上前 replyretweetfavorite