岩井俊二 後編「小説は、音の世界」

現代の噓(ゆめ)と希望と愛を描いた小説『リップヴァンウィンクルの花嫁』を発表し、それを原作とした映画で監督を務めた岩井俊二さん。読んでいて美しい映像が浮かび上がる本作ですが、岩井さん自身は小説を「音の世界」だと語ります。小説は小説独自の言葉、つまり「音の世界」で成り立つと考える岩井さんにとって、映像で「伝える」とはどんな意味をもつのでしょうか? 小説と映画、異なるジャンルで表現を試みる岩井さんの流儀に迫りました。

小説には音の世界が広がっている

小説における「たどるべき一本の糸」が文体だとすれば、映画の「一本の糸」はどんなものだろうか。

 映画の場合は……。なんでしょうね。映画は禁じ手が多すぎるし、すぐ壊れてしまうから、やってもやってもわからない。言葉という小説で使う道具は、人を誘導しやすいし、インパクトや説得力を持たせることができる。けれど、それを映像でやるのって難しい。台本でいちど話が完成したのかとおもえば、映画はその通りに撮っても決してうまくいかないものですし。台本の状態のままでは、失敗作なんですよ。だから現場で、どう撮るかといつも考えていく。

 無限にある方程式をどう組み合わせていくか。考えて考えて、最後に作品に生命が宿るわけですけど、なかなか宿らないですよ。1千日の時間があったとすると、最後の1日でようやくぱっと火がつくといった感じ。生命が宿ったものをみなさんには届けているのだけれど、そこに至るまでの数百日は、毎日残念なおもいをしているんです。

小説と映画では、これほどまでつくり方が異なるもの。ではなぜ、今回のように、映画をつくるまえにいったん小説にもするのだろう。

 それはちょっと違います。映画をつくるために必要かどうかで小説を書くのではなく、小説を書きたいから書いている。それだけ。映画化するうえでの過程とかではなく、小説を書くモチベーションは小説を書きたいということに尽きます。同じように、音楽をつくりたいときは音楽をつくりますし、映画だってそれをつくりたいからつくる。自分のなかで、それぞれの作業はかなり違うもの。小説は小説独自の、言語世界で完結するものであって、音の世界だなとおもいますね。

小説は、音の世界?

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文学者の肖像

山内宏泰

文学とは、なんなのか。文学者たちは今をどうとらえ、いかに作品に結実しているのか。言葉に向き合う若き作家たちの「顔が見える」インタビューシリーズです。

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reading_photo 【News】「文學者の肖像」にて、を更新。『リップヴァンウィンクルの花嫁』公開間近の岩井監督が、映画でしたいこと、小説ですべきこととは。こちらからお読みいただけます! https://t.co/MDeKqyASIY 1年以上前 replyretweetfavorite

consaba 「映画は禁じ手が多すぎるし、すぐ壊れてしまうから、やってもやってもわからない。」 1年以上前 replyretweetfavorite