第146回 波を見る(後編)

波を重ね合わせたら、どんな形になるんだろう。二つ重ねたら、三つ重ねたら……「波の広がり」第3章後編。
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『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』 - (達人出版会)
登場人物紹介
:数学が好きな高校生。
ユーリのいとこの中学生。のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだけれど飽きっぽい。
$ \newcommand{\HIRANO}{\unicode[sans-serif,STIXGeneral]{x306E}} % HIRAGANA LETTER NO (U+306E) $

リビングにて

ここはの家のリビング。
ユーリは、インターネットでグラフを描くサイトを使っていろんな「波」を描いている。

「これで、$$ y = \sin x + \sin 2x $$ のグラフが描けるよ。オプションを付けて、$y = \sin x$を赤で、$y = \sin 2x$を青で表示しようか」

$$ y = \sin x + \sin 2x $$


y = sin x + sin 2x
ユーリは、このグラフをしばらく無言で眺めていた。
赤と青のグラフがどう絡み合って、波の重ね合わせを作っているのか……
それを、じっと、考えながら。

ユーリ「……ねえ、お兄ちゃん?」

「……なに?」

ユーリ「じーっとグラフ見て、何考えてんの?」

「ユーリこそ、グラフを見て、何を考えている?」

ユーリ「あのね、あまりこんなにじーっと見たことなかったなーって。サインカーブは知ってたけど、重ねるとこんな形になるんだーって」

「そうだね。$\sin x$と$\sin 2x$を足し合わせる。すると重ね合わせた波はこんな形になるんだね」

ユーリ「$0$と$\pi$と$2\pi$のところが、ちょうど$0$になってる」

「ああ、そうだね。$x = 0, \pi, 2\pi$を$y = \sin x + \sin 2x$に代入すると、$y = 0$になるねえ」

ユーリ「この赤い線の$y = \sin x$と、青い線の$y = \sin 2x$の両方がちょーど、うまい具合に、ぴったり$0$になるからだよね。$0 + 0$は$0$だもん」

「その通りだね。たとえば$x = \pi$のとき$\sin x = \sin \pi = 0$だし、$\sin 2x = \sin 2\pi = 0$になる。 それがちょうど重なるから、重ねたものもちょうど$0$になる。でも、よく見てごらんよ。 $y = 0$になるのはそこだけじゃない。ここと、ここも$y = 0$になってる」

ユーリ「あ、そだね。そっか。赤と青がちょうど釣り合うところ?」

「そうだね。赤と青が、符号は逆で絶対値が等しくなるところがあるから、そこでも和は$0$になるわけだ。 $x$がどんな値のときに和がちょうど$0$になるかは、ちゃんと計算しないとわからないけど」

赤と青が釣り合う地点でも$y = 0$になる

ユーリ「……」

「ユーリは$0$になるところを見てたけど、お兄ちゃんはね、一番高いところを見ていたんだよ」

ユーリ「高いところ?」

「ほら、$y = \sin x$の方も、$y = \sin 2x$の方も、一番$y$が大きくなるところ……つまり波が高くなるところって$y = 1$だよね。 でも、両方が重なって作る波は、$y = 2$にはならない。 つまり、二つの波の最大値を足したものが、重ね合わせた波の最大値にはなってないよね」

ユーリ「そりゃそーじゃん。だって、最大になるところがずれてるからでしょ? 青い波は$x = \frac{\pi}{4}$で最大だけど、 赤い波は$x = \frac{\pi}{2}$で最大だから。 惜しかったねーって感じ? 二人が波長合わせてたら良かったんだけどねー……波だけに」

最大になるところがずれている

「なんだそれ。それから思ったことはね、対称性だよ。いま言った最大値の重なりのずれと同じ形が、最小値の重なりのずれでも起きているよね」

最小になるところもずれている

ユーリ「そだね。さっきとは上下逆だけど」

「上下逆だし、これは$(x, y) = (\pi, 0)$という点を対称の中心にして、点対称になってるんだよ。ぐるっと回転させれば重なる」

ユーリ「ほほー! なるほど」

「それから、対称性はあちこちにあるよ。ほら、原点のまわりも見てごらん」

ユーリ「ははーん、確かにここも点対称?」

「そうだね。原点を中心にぐるっと回転させれば、もとのグラフにぴったり重なる」

ユーリ「ふんふん」

「まあ、そのことは、$\sin x$と$\sin 2x$がどちらも奇関数(きかんすう)であることからもわかるんだけどね」

ユーリ「きかんすう」

「そう、奇関数。サインカーブの形を見ればわかるけど、$$ \sin (-x) = - \sin x $$ という式がどんな$x$についても成り立つよね。 こういう関数のことを奇関数っていうんだよ」

ユーリ「また数式、出てきたし」

「いやいや、こんなのぜんぜん難しい話じゃないよ。具体的に考えてみれば意味はすぐにわかる。 たとえば$x = \frac{\pi}{2}$として考えてみると、 $$ \sin \left(-\frac{\pi}{2}\right) = -1 $$ なのに対して、 $$ -\sin\frac{\pi}{2} = -1 $$ になっているだろ? だから確かに$x = \frac{\pi}{2}$のときには、 $$ \sin (-x) = - \sin x $$ が成り立っている。いまは$x = \frac{\pi}{2}$だけで試したけど、 $x$がどんなときもこの式は成り立つ。こういう関数のことを奇関数というんだ。 $\sin x$は奇関数の一つになる」

奇関数
任意の$x$について以下が成り立つ関数を《奇関数》と呼ぶ。 $$ f(-x) = -f(x) $$ たとえば、$\sin x$は奇関数の一つである。

ユーリ「ふーん」

「あれ、ノリ悪いな。たとえば$x = -\frac{\pi}{2}$のときも同じだよ。 実際、計算してみると」

ユーリ「いやいや、計算はわかったんだけど……お兄ちゃんは、ちゃちゃっと式を出して《ほらね、だから奇関数だろ?》みたいなこと、よく言うよね」

「まあ、そうかな?」

ユーリ「よく言う、よく言う」

「そしてユーリから数式マニアと茶化される」

ユーリ「あのね、グラフを見ながら《ぐるっと回して点対称》という説明だったらよくわかるんだけど、式を出されて《ほらね》と言われても、うーん……って思っちゃうかなー」

「そう? でもほら、ユーリは《バシッとわかる》のが好きじゃないか。グラフの形を見てわかるのは大切だし、楽しいけど、 うるさいこと言い出すと『これって点対称に見えるけれど、 ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに点対称なのかな』って疑問が出てこない?」

ユーリ「うっ……にゃるほど」

「だって、コンピュータが描いていて正確だとしても、それを見ているのは人間の目だからね。 形がそれっぽくてだまされることもあるかも。 その点、数式と論理で証明できるなら、それのほうが《バシッとわかる》ような気がするんだけどな」

ユーリ「……」

「話もどすけど、$\sin x$も、$\sin 2x$も、どちらも奇関数になる。つまり、 $$ \begin{align*} \sin (-x) &= - \sin x \\ \sin (-2x) &= - \sin 2x \\ \end{align*} $$ が成り立っている。そして、両方の和もまた奇関数になる。 だって、 $$ f(x) = \sin x + \sin 2x $$ とおいたとしたら、 $$ f(-x) = -f(x) $$ が成り立つからね。計算すればわかる。 $$ \begin{align*} f(-x) &= \sin(-x) + \sin(-2x) \\ &= -\sin(x) - \sin(2x) \\ &= -\left(\sin(x) + \sin(2x)\right) \\ &= -f(x) \\ \end{align*} $$ ね? さらに一般化して、$\sin nx$という関数の和で作られる関数は、 すべて奇関数になることも証明できる。 ってことは、そのグラフはすべて原点で点対称になる! 数式を使えば、グラフを実際に描かなくても、 その形について主張ができるわけだ! これだよ」

ユーリ「うーん……そっか……」

「それはそれとして、こんなふうに波全体の形をじっくり見るのもおもしろいよ、もちろん」

ユーリ「波全体の形……」

ユーリ「ねえ、お兄ちゃん。この$y = \sin x + \sin 2x$のグラフって全体の形としては、$y = \sin 2x$だよね」

「どういう意味?」

ユーリ「だってほら、$0$から$\pi$までの間に、山と谷が一回ずつあるじゃん? それって、$y = \sin 2x$と同じだもん」

「ああ、そうだね。$y = \sin x$の波と足しあわせているから、全体的にはゆがんでるけどね」

ユーリ「はっ! お兄ちゃん! ユーリ発見したよ!」

「なにを?」

ユーリ「あのね、$$ y = \sin x + \sin 2x $$ じゃなくて、 $$ y = \sin x + \sin 3x $$ にするの。 そしたら、波はやっぱり《だいたいは$\sin 3x$だけど、$\sin x$のせいで少しゆがむ》形になるんじゃない?」

「ほほー、それは《ユーリの予想》だね? じゃあ、確かめてみようか。実際に、$$ y = \sin x + \sin 3x $$ のグラフがどんな形になるのか……」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに13巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

uniquis この最後のアニメーションGIFいいよね…飽きないわ 5年弱前 replyretweetfavorite

donnay1224 あっ、なんか色々やってみて遊んだ記憶があるぞ! 5年弱前 replyretweetfavorite

aozr18 #数学ガール 鬼の角は段々鋭くなる。にゃるほど。 5年弱前 replyretweetfavorite