photo by Daisuke Miura
能の楽譜はまるでお経? 世界の作曲家に“謡”を作曲してもらう
——青木さんは能楽師ならぬ「能アーティスト」として活動されています。どういう作品をつくられているんですか?
能というのは「舞」と呼ばれる舞踊と、「謡(うたい)」と呼ばれる歌謡からなる演劇です。私はその謡を素材にして、現代音楽の作品をつくるという活動をしています。私は能の稽古をしてきましたが、作曲家ではありません。そこで、現代音楽の作曲家に曲づくりを委嘱して、謡の作曲をしてもらっています。このシリーズを「Noh×Contemporary Music」と名づけ、4年間で16人の作曲家に曲を委嘱しました。これまで、能と他分野のコラボレーションというのは、舞を使ったものが多かった。でも謡と現代音楽を組み合わせたら、きっとこれまでにない作品が生まれるんじゃないかと思ったんです。そこで、2010年から実験的な試みとして始めました。
馬場法子「共命之鳥」(2012)
——謡の作曲、というのはどのようにやるのでしょう。
謡というのは、絶対音高の感覚がありませんし、テンポも西洋音楽と違い固定されていません。謡の楽譜はお経のように縦書きで歌詞が書いてあり、そこに点を打つことでメロディーやリズムを表します。音符も休符もない。もう、まるで西洋音楽とは違っているのです。この能の記譜法を海外の作曲家にもわかるよう、日英両言語でまとめて、ウェブで公開するというプロジェクトを進めています。これまでは作曲家に、能の謡というもの、その記譜法をわかってもらうための手引がなく、いつも一から手探りで説明していました。でもこのサイトを見れば、誰でも能の曲が書けるようになる。音も聞けます。能の作曲を開かれたものにする、土台づくりをしているのです。
——謡の教科書のようなものをつくっているんですね。
そうですね。このプロジェクトは、馬場法子さんと小出稚子さんという作曲家と一緒に進めています。小出さんには「Noh×Contemporary Music」シリーズで、2013年に「恋の回旋曲」という丸の内のOLを主人公とした曲を書いてもらったんです。彼女に作曲家の立場から必要なものを聞き、それに能楽師が習ってきたことを合わせるかたちで記譜法を整理しています。小出さんはオランダで音楽院に通った後、インドネシアでガムランの演奏と理論を学んだ方です。彼女の話によると、ガムランの音楽理論は、能と少し似ているのだとか。私のやっていることが、思いもよらないところにつながったなと思いました。
2月20日におこなう「Noh×Contemporary Music vol.4 アジアにおける伝統と創造」のイベントでは、この手引書をもとにシンガポールの作曲家に依頼した新曲を披露します。小出稚子さんもお呼びして、演奏の前に3人でトークします。Noh×Contemporary Musicのコンサートでは、毎回レクチャーの時間を設けるんです。やはり、能も現代音楽も予備知識なしで鑑賞すると、よくわからないところが多いですよね。そこをもっと楽しんでもらえるような工夫をしたいと思っているんです。
能のことをまったく知らない人とのコラボレーションが突き抜けた発想を生む
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