ハガキ職人は、基本的にラジオネームという異名を使って投稿をおこなう。
僕はハガキ職人になる際、ケータイ大喜利の時に使っていた偽名は、どうしても使いたくなかった。
レジェンドだと気づく人はいないかもしれないが、新しく一からやりなおしたかった。ケータイ大喜利での小さな栄光に線を引き、あの頃の自分と闘い、あの頃の自分を超えたかった。
どんなラジオネームで投稿しようかと考えた時に、疑問がわいた。
そもそもなんで偽名を使うんだ? 社会的な名誉など、これより下がりようがない。この先の人生に何も大それたものを望んでいなかった。ただ、笑いを創りたいという衝動と熱量だけがあった。
偽名を使い放たれるボケも、ネット上から匿名希望で無責任に放たれる罵詈雑言も、表現や意見はしたいが、責任は負いたくないという姿勢の表れにも思えた。
元々、自堕落な性格だから、自分をとことん追い詰めなければ、すぐに地が出てしまう。それなら本名を背負うのはちょうどいい。
雑誌では、土屋崇之。ラジオでは、パーソナリティが漢字を読み間違えないように、ひらがなかカタカナにした。
投稿を続けていると、いつの間にか、カタカナのツチヤタカユキが定着した。
もう何も恐れるものなんてない。人生が破滅しても構わない。
大げさに聞こえるだろうか。でも、僕は本気でそんな風に考えていた。
僕としては、自分の中の笑いのカイブツを開放するのは、どこか爆弾テロをしているような大それた感覚だった。
狂ったボケを命がけで繰り出し、ひたすら本名で送りつける。それは僕なりの聖戦だったのだ。
誰も知らないこの名前が、ケータイ大喜利の時の偽名よりも有名になる日が来たら、あの頃の自分を超えられたという証。
そして願わくば、笑いの世界から一度死んだ人間の名前を、笑いの世界にとどろかせてみたかった。
朝起きて、顔を洗い、すぐに机の上に座り、ボールペンを握る。
まずは雑誌用のボケを出す。
水道の蛇口をひねると水がどばどばと出るみたいに、脳みその蛇口をひねると、そこからボケがどばどばと流れ出た。
考えていると置いて行かれてしまうから、感覚だけで、脳みそを置き去りにして、ペンを持つ指先だけが動き続ける感覚。起きながらにして、高速で場面が切り替わる夢を見ている感じだ。
ボケ出しはずっと、チラシの裏側にしていた。毎日500円で生きなければならない人間にとって、ノートを買うお金は死活問題だった。書く勢いが強すぎて、チラシが破れることもあった。
愛用していたのは、百均で買った10本入りのボールペン。筆圧ですぐに、ボールペンは潰れてしまうから、安物じゃないと困る。
終わると、大量のチラシが部屋に散乱していた。チラシを拾い集めて、引き出しの中にしまう。
そうやって出したボケは、すぐには投稿しない。
引き出しから出すのは翌日だ。
一日経てば、内容をほとんど忘れているため、客観視して、選別することができる。出したボケを、出来によってAランクとBランクとCランクに振り分ける。
Aランクは自分で読んでもニヤニヤしてしまうような、見た瞬間におもしろいもの。Cランクは全然おもしろくないもの。Bランクはその中間だ。
C ランクは捨てる。
B ランクは再び、引き出しの中へ。
A ランクは投稿。
それを一週間毎日繰り返し、週の終わりには、Bランクが大量に溜まっている。
その中から、再び選別して、良いものだけを投稿した。
投稿を開始したその週に、ラジオで3つ採用された。
僕はラジオ代をペイするどころか、2000円稼いだ。それを皮切りに、いろんな雑誌やラジオに、次々と掲載されるようになった。
人間は、自分がなりたいものではなく、なるべきものになっていくと、僕は思っている。
そして、なりたいものではなく、なるべきものになった瞬間、歯車が合い、高速で回転し始める。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。