笑いのカイブツ

ハガキ職人の一日は、クソ忙しい。

吉本の劇場を辞めたあと、ツチヤタカユキさんはハガキ職人になることに決めました。ラジオの砂嵐の向こうにネタを全力で投げ続けるのですが、それは当然お金にはならないのでした。
他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。

ハガキ職人は、基本的にラジオネームという異名を使って投稿をおこなう。

僕はハガキ職人になる際、ケータイ大喜利の時に使っていた偽名は、どうしても使いたくなかった。
レジェンドだと気づく人はいないかもしれないが、新しく一からやりなおしたかった。ケータイ大喜利での小さな栄光に線を引き、あの頃の自分と闘い、あの頃の自分を超えたかった。

どんなラジオネームで投稿しようかと考えた時に、疑問がわいた。
そもそもなんで偽名を使うんだ? 社会的な名誉など、これより下がりようがない。この先の人生に何も大それたものを望んでいなかった。ただ、笑いを創りたいという衝動と熱量だけがあった。

偽名を使い放たれるボケも、ネット上から匿名希望で無責任に放たれる罵詈雑言も、表現や意見はしたいが、責任は負いたくないという姿勢の表れにも思えた。
元々、自堕落な性格だから、自分をとことん追い詰めなければ、すぐに地が出てしまう。それなら本名を背負うのはちょうどいい。

雑誌では、土屋崇之。ラジオでは、パーソナリティが漢字を読み間違えないように、ひらがなかカタカナにした。
投稿を続けていると、いつの間にか、カタカナのツチヤタカユキが定着した。

もう何も恐れるものなんてない。人生が破滅しても構わない。
大げさに聞こえるだろうか。でも、僕は本気でそんな風に考えていた。
僕としては、自分の中の笑いのカイブツを開放するのは、どこか爆弾テロをしているような大それた感覚だった。

狂ったボケを命がけで繰り出し、ひたすら本名で送りつける。それは僕なりの聖戦だったのだ。

誰も知らないこの名前が、ケータイ大喜利の時の偽名よりも有名になる日が来たら、あの頃の自分を超えられたという証。
そして願わくば、笑いの世界から一度死んだ人間の名前を、笑いの世界にとどろかせてみたかった。


朝起きて、顔を洗い、すぐに机の上に座り、ボールペンを握る。
まずは雑誌用のボケを出す。

水道の蛇口をひねると水がどばどばと出るみたいに、脳みその蛇口をひねると、そこからボケがどばどばと流れ出た。

考えていると置いて行かれてしまうから、感覚だけで、脳みそを置き去りにして、ペンを持つ指先だけが動き続ける感覚。起きながらにして、高速で場面が切り替わる夢を見ている感じだ。

ボケ出しはずっと、チラシの裏側にしていた。毎日500円で生きなければならない人間にとって、ノートを買うお金は死活問題だった。書く勢いが強すぎて、チラシが破れることもあった。

愛用していたのは、百均で買った10本入りのボールペン。筆圧ですぐに、ボールペンは潰れてしまうから、安物じゃないと困る。

終わると、大量のチラシが部屋に散乱していた。チラシを拾い集めて、引き出しの中にしまう。
そうやって出したボケは、すぐには投稿しない。
引き出しから出すのは翌日だ。

一日経てば、内容をほとんど忘れているため、客観視して、選別することができる。出したボケを、出来によってAランクとBランクとCランクに振り分ける。
Aランクは自分で読んでもニヤニヤしてしまうような、見た瞬間におもしろいもの。Cランクは全然おもしろくないもの。Bランクはその中間だ。

C ランクは捨てる。
B ランクは再び、引き出しの中へ。
A ランクは投稿。

それを一週間毎日繰り返し、週の終わりには、Bランクが大量に溜まっている。
その中から、再び選別して、良いものだけを投稿した。

投稿を開始したその週に、ラジオで3つ採用された。

僕はラジオ代をペイするどころか、2000円稼いだ。それを皮切りに、いろんな雑誌やラジオに、次々と掲載されるようになった。

人間は、自分がなりたいものではなく、なるべきものになっていくと、僕は思っている。
そして、なりたいものではなく、なるべきものになった瞬間、歯車が合い、高速で回転し始める。

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笑いのカイブツ

ツチヤ タカユキ
文藝春秋
2017-02-16

この連載について

初回を読む
笑いのカイブツ

ツチヤタカユキ

他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん、二七歳、童貞、無職。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。人間であることをはみ出してしまった「カイブツ」はどこへ行くのでし...もっと読む

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コメント

haruukonjk 超絶ストイックな生活からあんなばかばかしいネタが生まれてくるギャップがいい。 春日が笑いをこらえて読む「しんやめ」はほんと面白いね。 4年以上前 replyretweetfavorite

_kaito_1 ツチヤタカユキさんの連載。 今回も濃密な内容。 https://t.co/W42fQ167Cz 4年以上前 replyretweetfavorite

416rpm 一字一句共感できる。けど次回タイトル不安すぎて声出して笑った 4年以上前 replyretweetfavorite

u5u “そして、なりたいものではなく、なるべきものになった瞬間、歯車が合い、高速で回転し始める。僕の場合、 4年以上前 replyretweetfavorite