左:伊藤さん。障害を身体論的にアプローチする美学研究者。一児のお母さんでもある。
右:難波さん。中途失明の全盲者で鍼灸師。薬膳研究や合気道など幅広く活動している。
下:モナミちゃん。難波さんのパートナーをつとめる盲導犬。治療院「るくぜん」看板娘。
当たり前じゃない「身体」っておもしろい
—— 前回伊藤さんは、身体論を研究の専門分野にしていながら、自分が身体に興味をもつ理由がわからないというお話でした。それってどういうことでしょうか。
伊藤 そうなんです。あまり自分でわかっていないんです(笑)。
というのも、身体って、生きているひとみんなが持っているものですよね。だから誰にとっても大事な問題なはずなんだけど、当たり前すぎて問題にならないものだと思うんです。
—— わざわざ研究したいと思った問題意識が、自分でもわからない、ということですか?
伊藤 気づいたらそこにこだわるようになってた、という感じです。なんというか、「身体の手に負えなさ」に振り回されてる感じなんですよね。
難波 身体が手に負えない?
伊藤 身体って論理的な正しさを越えて、一気にいろんなことを理解しちゃうじゃないですか。「論理的な正しさ」と「身体的な正しさ」って、ちょっと別だと思うんですよ。
難波 うんうん。
伊藤 たとえば、前にテレビで深キョン(深田恭子)がトーク番組に出ていて食べ物の話をしていたんです。それで、嫌いな食べ物の話になり、彼女はスイカが嫌いだと言っていた。その嫌いな理由がすごくて。「スイカは昆虫みたいな味がするから嫌いだ」って言っていたんです。
難波 昆虫みたいな味?
伊藤 たぶん彼女の頭の中には、スイカにしがみついて汁を吸ってるカブトムシのイメージが強烈にあるんでしょうね。それで、スイカを見るとカブトムシを思い出して、カブトムシの味をイメージしてしまう……もちろん論理的には「カブトムシ味のスイカ」なんてありえないんだけどね。
難波 あはは。
伊藤 彼女の話は論理的には三段階くらい飛躍しているんですけど、でも、不思議なことになんかわかる(笑)。論理的な正しさを越えて、身体が理解しちゃう。そこで「それは間違いだよ」って否定するんじゃなくて、笑いながら身体の知性につき合うことのほうに、私はむしろリアリティを感じるんですよね。
そういう「身体でわかる」を大事にしていきたいと思ってます。
「身体でわかる」のいい加減な鋭さ
伊藤 何て言うか、「カブトムシ味のスイカ」がわかっちゃうんだから、身体っていい加減ですよね。でもそれって、論理的につきつめていっても絶対に超えられない壁を一瞬で超えてしまうような柔軟さや、常識のたがを外すような鋭さだとも言える。
難波 なるほど。
伊藤 で、そういう身体の「いい加減な鋭さ」は、これからこの連載でいろいろな研究者に話を聞きにいく上でも重要になってくると思うんです。
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