—今回『バッファロー5人娘』のオールカラー化をしていただき、ありがとうございました。カラー作品は完成した状態をみることはありますが、なかなかその過程を知る機会はありません。カラー化の作業とはどのようなものなのでしょうか?
そもそも、モノクロとカラーの違いはどこにあると思いますか?
ー一番の違いは「情報量」ですよね?
確かに一般的にはモノクロは情報量が少なく、カラーは情報量が多いと思われがちです。ですが、カラー化に携わっていると、これまで日本が築き上げてきたモノクロ漫画の技術は凄まじいものだと実感します。白と黒だけで表現された紙面に、私たち読者は想像力を掻き立てられる。モノクロ漫画は、いい意味での曖昧さを包括した最高峰の技術であり、それが日本独自のカルチャーとしてここまで大きく育った要因だと思います。
ーたしかに漫画はモノクロでも、読者には「色」が見え「世界観」が頭の中に広がります。
そうなんですよね。それこそが読者の心をつかんで離さなかったモノクロ漫画の魅力です。だからこそ私たちは、モノクロ漫画の魅力を心から理解した上で、カラー化の意義を常に問い続けています。カラー化は時としてそれまで読者に委ねられてきた世界観の解釈を、決めつけることになりかねません。
ー好きな漫画がアニメ化されるときにも、色味に違和感を抱くことはありますよね。
まったく同じことがモノクロ漫画をカラー化するときにも起こりえます。カラー化に取り組む際、モノクロが持っていた雰囲気を損なってしまっては、意味がないんですよね。大前提として、モノクロがカラー化されることで、より作品の世界観が広がらなければいけません。
わたしたちの仕事は、一歩間違えるとモノクロ漫画の魅力を根本的に損ね、作家さんの大切な作品を『改悪』しかねない危険性も持ち合わせている。そこをしっかりと心に留め、仕事をしています。
ー具体的にはどのような点に気をつけているのでしょうか?
一番神経を注ぐのは作品の世界観の解釈と、場面の状況設定です。この作業は、カラー化の出来すべてを決めてしまうといっても過言ではないほど重要なため、スタッフでしっかり時間をかけ話し合いを重ねます。
まず意識するのは、『時間』ですね。カラー化における時間的演出は制作の中で肝となる部分です。それぞれの場面を見ていき、ページごとコマごとに細かく時間設定をすることは絶対に欠かせません。たとえばモノクロ漫画だと、昼間の青空が白一色になっていることが多いのですが、カラー化する場合、その場面が12時なのか15時なのかで空の色味はぜんぜん変わってくる。12時で太陽が真上ならば、足元にできる影も濃くならないとおかしいし、当然それに合わせて周辺の色味も変わってきます。
ー奥が深いですね。しかし、作家さんはモノクロ漫画を描く時、カラー化を想定して描いているわけではありませんよね。
確かに作家さん自身もそこまで細かい時間設定をしていないこともあります。ですが、作品中の時間を細かく設定する作業を欠いて、単純にやってしまうと本当にチープな出来になってしまいます。
ー『時間』が支配する部分は非常に大きいのでしょうか?
時間が決まると、それに合わせて温度も変わりますよね?
ー温度までもですか?
はい。『バッファロー5人娘』のワンシーンを例に見ていきたいと思います。
バッファロー5人娘のイメージはアメリカ西部と聞いてますので、安野先生はこの場面はアメリカの荒野をイメージされていると思うんですね。アメリカの乾燥した荒野の青空の抜け方は、日本の青空の抜け方とはまったく違う。そこに夜が来たりすると、すごく冷え込むと思うんです。なので、夜空の冷やし方ひとつにしても地域、気候、温度など様々な条件に合わせて細かく変えていきます。冷え込んだ夜でも、この絵のようにたき火を焚いている夜とそうでない夜では色合いをガラッと変えます。なのでやはり、『時間』が支配する部分は非常に大きいですね。
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前編で語られたモノクロ漫画の魅力。その魅力を損ねずカラー化を進める具体的な作業の流れ、徹底したこだわりについて伺った。
後編ではいよいよ「塗り」の作業にも注目。カラー化のクリエイティブの深層に迫る。
【後編】−背景もすべてキャラクターと捉える−(2月15日(金)公開予定)