僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
図書室にて
波長$\lambda$の波1と波2が重なり合うとき、$x = 0$での波は、以下の式で表すことができる。 $$ y = 2A \cos\left\{ 2\pi\left(\dfrac{\ell_1 - \ell_2}{2\lambda} \right) \right\} \sin\left\{ 2\pi\left(\dfrac{t}{T} - \dfrac{\ell_1 + \ell_2}{2\lambda}\right) \right\} $$
$n$を整数として、
$\ell_1 - \ell_2 = n\lambda$のとき、この波はもっとも大きくなる(高さは$2A$)。
$\ell_1 - \ell_2 = \dfrac{(2n-1)\lambda}{2}$のとき、この波はもっとも小さくなる(高さは$0$)。
僕「$\ell_1 - \ell_2$の値によって、重ね合わせた波の大きさがもっとも大きくなるときと小さくなるときについては、 三角関数の式を使わなくても求めることができた。 でも、こんなふうに計算すると、重ね合わせた波の高さを$\ell_1 - \ell_2$の値に応じて定量的に調べられるんだね。だって、 $$ 2A \cos\left\{ 2\pi\left(\dfrac{\ell_1 - \ell_2}{2\lambda} \right) \right\} $$ の部分が重ね合わせた波の高さを決めているから」
テトラ「確かに……三角関数すごいです!」
僕「そうだね。三角関数はほんとうにいろんなところに出てくるね」
テトラ「でも……あたしにはまだまだ難しいです。たとえば、先輩は先ほど(第143回参照)、 さらさらっと《和積公式》を出してくださいましたけれど、 あたしにはあんなこと思いつくなんて、とうていできませんし……」
僕「いやいや、僕だって知らなかったら思いつかないよ。あれは本で見て覚えていたからできたんだ」
テトラ「それでも、です。あたし、これを覚える自信はありません……」
僕「《元気少女のテトラちゃん》にしては、めずらしいね。えっとね、僕もこれを丸暗記しているわけじゃないんだよ。 だいたいの式の形を覚えている。 つまり《$\sin$の和は、$\sin$と$\cos$の積で書ける》ということを覚えていて、 あとは加法定理から《ささっと導く》ことが多いかも。 ほら、係数の$2$や$+$と$-$は間違えそうだから要注意だしね」
テトラ「そうですか……ささっと?」
僕「うん、そうだなあ、ちょっと違う話になるけれど、たとえば、テトラちゃんは$\cos$を$\sin$に変える方法、知ってる?」
テトラ「どういうことでしょうか。$\cos$を$\sin$に変える……加法定理? それとも$\sqrt{1 - \cos^2 \theta}$」
僕「あ、そういう意味じゃなくて、$$ \cos x = \sin \heartsuit $$ という等式がどんな$x$についても成り立つようにしたかったら、 $\heartsuit$の部分には、$x$を使ったどんな式を書けばいいか、という話」
テトラ「そんなことできるんでしょうか……あ、いえいえ、できますね。グラフを横に平行移動するということですね? $\cos$と$\sin$は どちらもサインカーブですから、平行移動すれば重なると」
僕「そうそう。で?」
テトラ「ええとですね。$\dfrac{\pi}{2}$ずらすんですから、$\heartsuit$は、$x + \dfrac{\pi}{2}$です! ……ちょっと待ってください。プラスじゃなくて、マイナスでしょうか。 ええと、$\cos x$に等しくなるのは、 $$ \sin\left(x + \dfrac{\pi}{2}\right) $$ か、 $$ \sin\left(x - \dfrac{\pi}{2}\right) $$ のどちらかだと思うんですが……自信ないです」
僕「そこだよ、テトラちゃん。僕がいった《ささっと導く》とか、《ちょっと実験》するといったのは、そこ。 $x = 0$で試してみるんだ。 $\cos 0 = 1$だよね。だから、$x = 0$にしたときに$1$になるのはどちらかな、 と《ささっと確認》するんだよ」
テトラ「あ、そうでした!$$ \begin{align*} \sin\left(0 + \dfrac{\pi}{2}\right) &= \sin\left(\dfrac{\pi}{2}\right) = 1 \\ \sin\left(0 - \dfrac{\pi}{2}\right) &= \sin\left(-\dfrac{\pi}{2}\right) = -1 \\ \end{align*} $$ ということは、$x + \dfrac{\pi}{2}$が正解ですね」
僕「そうなるね。$$ \cos x = \sin\left(x + \dfrac{\pi}{2}\right) $$ は恒等式になる。もちろん《ささっと確認》ですませるためには、 テトラちゃんが考えたように、$+$か$-$のどちらかだ、というところはわかっておく必要があるよ。 でも、最後の最後で符号をまちがえないようにするには、$x = 0$などで試してみるのは悪くないはず」
テトラ「うっかりミス防止、ということですね、わかります」
僕「ちなみに、$2\pi$ごとに$\sin$は同じ値を取るから、$n$を整数として、 $$ \cos x = \sin \left(x + \dfrac{\pi}{2} + 2n\pi \right) $$ が答えかな」
テトラ「わかりました!」
重ね合わせの不思議
テトラ「それにしても、二つの波が$x = 0$のところで重なり合うときに、一つの波になるというのはおもしろいですね。しかもそれを計算できるというのがすごいです」
僕「そうだね。しかもそれは音の波でも、水の波でも同じように考えることができる。もちろん、$\sin$で表現された正弦波であるという理想的な……というか、 考えやすい波と仮定しての話だけどね」
テトラ「そういえば、この波はどんな形になるんですか?」
$$ y = 2A \cos\left\{ 2\pi\left(\dfrac{\ell_1 - \ell_2}{2\lambda} \right) \right\} \sin\left\{ 2\pi\left(\dfrac{t}{T} - \dfrac{\ell_1 + \ell_2}{2\lambda}\right) \right\} $$
僕「え? $\ell_1$と$\ell_2$の値で高さは変わるけど、サインカーブになることに変わりはないよ」
テトラ「え、ええと、あたしが勘違いしているのかもしれませんが、この式は$x = 0$ですよね。 $x = 0$という一箇所でじいいいっと波を観察していて、水位というか変位が上下する様子を表しているわけじゃないですか。 それで《時刻と変位のグラフ》がサインカーブになるのはわかります。でも……」
僕「ああ、そうか。テトラちゃんが言ってるのは《位置と変位のグラフ》の話?」
テトラ「そうですそうです。この式は$x = 0$のときに$t$が変化しての波になりますが、目に見える、いわゆる波の形はどうなっているのかしらと思ったんです」
僕「そうか……確かにそれはとても自然な発想だなあ。$0$以外の位置も考えて、波の式を作れという問題だね」
波$1$は$x$軸の正の向きに移動し、波$2$は$x$軸の負の向きに移動しているとする。
どちらも周期は$T$で、波長は$\lambda$で、波の高さは$A$である。
波$1$の$x = -\ell_1$での変位と、波$2$の$x = \ell_2$での変位はどちらも、 $$ y = A \sin \dfrac{2\pi t}{T} $$ とする($\ell_1 \geqq 0, \ell_2 \geqq 0$)。
このとき、 波$1$と波$2$の重ね合わせによってできる波の変位$y$を、 時刻$t$と位置$x$を使って表せ。
テトラ「すみません。あたしは問題も解かずに疑問ばかり言って……」
僕「ぜんぜん謝ることじゃないよ。それにこれはすぐに解けるはず」
テトラ「そうなんですか?」
僕「だって、ほら、与えられた条件についてはすべて式として表現できている。考えられていないのはたった一つ。位置$x$という変数だけだよね。 さっき式を立てたときには$x = 0$として式には書かなかった。 $x = 0$のときの$y_1$と$y_2$から始める?」
テトラ「$y_1$と$y_2$は……これ、ですね」
僕「そうだね。これは$x = 0$のときだった。だから式の中に$x$が出てこない。では、位置が$x$での$y_1$と$y_2$はどうなると思う?」
テトラ「そうですね……あ、あの、ちょっと図を描いてもいいですか?」
僕「もちろん! 《図を描け》はポリアの問いかけだね」
テトラ「$x$をどこかに決めますと……」
テトラ「……なるほど、わかりました。$\ell_1$のところを$\ell_1 + x$にして、$\ell_2$のところを$\ell_2 - x$にすればいいのではないでしょうか?」
僕「$\ell_2 - x$でいいの? $\ell_2 + x$じゃない?」
テトラ「え……いえいえ、大丈夫です。$\ell_2 - x$でまちがいないです」
僕「うん、それでいいよ。ということで、$y_1$と$y_2$はこういう式になる」
テトラ「はい、あとはこれを和積公式で計算すれば!」
僕「うん、テトラちゃんが腕まくりしたところで悪いんだけど、もう一度和積公式を使って計算しなくても、 この式…… $$ y_1 + y_2 = 2A \cos\left\{ 2\pi\left(\dfrac{\ell_1 - \ell_2}{2\lambda} \right) \right\} \sin\left\{ 2\pi\left(\dfrac{t}{T} - \dfrac{\ell_1 + \ell_2}{2\lambda}\right) \right\} $$ ……の$\ell_1$を$L_1 = \ell_1 + x$に変えて、 $\ell_2$を$L_2 = \ell_2 - x$に変えてやればいいんだよ」
※ただし、$L_1 = \ell_1 + x$および$L_2 = \ell_2 - x$とする。
テトラ「どうして$L_1,L_2$という文字を?」
僕「うん、式全体を変形するとたくさん書かなくちゃいけなくなるので、$L_1 - L_2$と$L_1 + L_2$を取り出して個別に計算したかったから」
$$ \begin{align*} L_1 - L_2 &= (\ell_1 + x) - (\ell_2 - x) \\ &= \ell_1 + x - \ell_2 + x \\ &= \ell_1 - \ell_2 + 2x \\ L_1 + L_2 &= (\ell_1 + x) + (\ell_2 - x) \\ &= \ell_1 + x + \ell_2 - x \\ &= \ell_1 + \ell_2 \end{align*} $$テトラ「なるほどです。個別撃破ですね。これをあてはめて……」
$$ y_1 + y_2 = 2A \cos\left\{ 2\pi\left(\dfrac{\ell_1 - \ell_2 + 2x}{2\lambda} \right) \right\} \sin\left\{ 2\pi\left(\dfrac{t}{T} - \dfrac{\ell_1 + \ell_2}{2\lambda}\right) \right\} $$
テトラ「ちょっと整理して……これで、波の形がわかるんでしょうか?」
テトラ「……」
僕「さて、テトラちゃんは、この式をどう読み解く?」
ミルカ「さて、君は、『テトラはこの式をどう読み解く』かをどう読み解く?」
僕「ミルカさん……びっくりしたよ!」
ミルカ「今日は波か」
テトラ「波の重ね合わせを考えているんです、ミルカさん」
ミルカ「ここに問題が書いてあるからわかる。そしてテトラの《読解》が始まる」
テトラ「三角関数の読解ですか! ……そうですね。あたしが最初に思ったのは、$x$と$t$のことでした。 つまりですね、式のどこに$x$があるのか、どこに$t$があるのかを考えます……すると、 こういうことがわかります」
ミルカ「ふむ」
僕「うんうん、なるほど」
テトラ「これは、$x = 0$のときに先輩が《$t$がある》と《$t$がない》にわけておられたので、それのまねっこをしただけなんですが。 でも、これ以上は何を考えればいいんでしょう」
僕「ミルカさんなら、どうする?」
ミルカ「君なら、どうする?」
この続きは有料会員の方のみ
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)