クレアは姉の手を見下ろした。触れていいのかわからなかった。「ごめんなさい、ペッパー。あなたを見捨てたりして。ママにもあなたを見捨てさせたわ」
「ママにしたくないことをさせるのは不可能よ」
「それはわからない」クレアは初めて自分のした仕打ちの意味を考えていた。自分の人生からリディアを締めだしただけではない。リディアを残った家族から完全に排除してしまったのだ。「ママはもうひとり子どもを失うことを恐れていたわ。わたしはそれを知って利用したの、あなたにあまりに頭にきてたから。ママに“ソフィの選択”をさせたのよ」 このフレーズが少しでも当てはまる状況はこれ以外にないと思った。「わたしはまちがってた。あなたにしたことを心から謝るわ。わたしたちの家族に」
「まあ」リディアは涙をぬぐった。「あのころはわたしもかなりいかれた状態だったから。 昨日あんたが言ったことは全部ほんとうよ。全部あんたから盗んでた。いっつも噓ついてた」
「でもあんなことで噓をついたことはなかった。わたしは気づくべきだった」あまりに控えめな表現に自分で笑ってしまった。「もちろん、わたしはあまりに多くのことに気づい てなかったみたいだけど」
涙を押しとどめようとして、リディアの喉が上下していた。
クレアはほかになにを言えばいいかわからなかった。クリーンになって赤貧から這いあがったあなたを誇りに思う? 美しく優秀なすばらしい娘がいることを? 崇拝してくれる彼氏がいることを? リディアについて知っていることはポールの私立探偵が調べたことばかりだ。
つまりクレアが腐った結婚生活の闇をさらけだしても、リディアは自分自身の生活を話してくれるほどクレアを信用していないのだ。
「で」リディアは話題を変えることにしたようだ。タッチパネルを示す。「これにラジオはついてないの?」
「どれでも好きな曲を流せるのよ」クレアはメディア・アイコンに触れた。「聞きたい曲を声に出して言えば、インターネットで探して流してくれるの」
「噓でしょ」
「一パーセントの世界へようこそ」クレアは画面を分割した。テスラの販売店でいろんな画面を出して遊んでいる子どもになったような気がした。「メールも読めるし、バッテリーがどれくらい残っているかわかるし、インターネットにも接続できるのよ」
そこで口をつぐんだ。インターネット・アイコンに触れたとき、ポールが最後に見ていたページがダウンロードされたのだ。Feedy.comは情報収集サイトで、グーグ ル・アラートと同じような機能を持っているが、ニュース記事だけが対象だ。
ポールは検索エンジンにひとつの名前しか入力していなかった。
リディアが尋ねた。「どうかした?」
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。