突然電話が鳴り響き、ふたりは飛びあがった。クレアはプリペイド携帯を見たが、画面は真っ暗だった。
リディアが言った。「わたしの携帯でもないわ」
二度目のベルが鳴った。クレアはソファの横のテーブルにあるコードレスの受話器に向かった。再びベルが鳴る。あのなじみのある嫌悪感がよみがえった。フレッド・ノーランの声を聞く前からだ。
「クレア」彼は言った。「つかまってよかったよ」
ノーランの声は鐘の音のように大きくてはっきりしていた。リディアにも聞こえるように受話器を離して持つ。
「きみの弁護士と一緒に話をするという申し出を受けようと思ってね」
自分自身の鼓動が鼓膜を震わせる。「いつ?」
「今日は?」
「日曜日よ」このときまで今日が何曜日か忘れていた。ポールが死んでおよそ一週間が過ぎたのだ。
ノーランが言った。「大佐の週末料金を払うくらいの金はあるだろう」 “大佐”。ポールとクレアは暴行容疑を晴らしてくれた弁護士のウィン・ウォレスをそう 呼んでいた。ポールが大佐と呼んだのは、『ア・フュー・グッドメン』でジャック・ニコルソンが演じていた人物のように偉そうでいやなやつだったからだ。
「クレア?」
どうしてノーランがそのあだ名を知っているのだろう? 横領容疑をかけられたときにポールも大佐を使っていたのだろうか?
「もしもし?」
リディアのほうを見ると、鞭打ち症になりそうなほど激しく首を振っていた。
クレアは尋ねた。「どこで?」
ノーランは住所を言った。 「二時間後に行くわ」クレアは電話を切った。手を放したとき、受話器に汗の跡が残って いた。
リディアが言った。「あのファイルを渡すつもり?」
「いいえ。ダウンタウンにも行かない」クレアは立ちあがった。「アセンズに行く」
「え?」リディアも立ちあがった。クレアのあとからマッドルームに向かう。「たったいまノーランに——」
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