プリティ・ガールズ

ポールが遺した"最後の頼み"

ポールの埋葬指示書のことを考え始めたクレアは机にあったリストの中から”もしものときに”と書かれたファルダーを見つける。そこに書かれていた内容とは? ポールの最後の頼みを知ったクレアは、心を揺さぶられ、思わず涙する。


プリティ・ガールズ 上(ハーパーBOOKS)

 リディアが眼鏡をかけてキーボードを打ちはじめる横で、クレアは白い革のソファを見つめていた。爪で革を引き裂きたかった。木枠を折り、マッチを見つけてこのいまいましい家を燃やしたかった。

 ただし燃えるわけがない。ポールは郡の査察官が見たこともないほど徹底した住居用の防火システムを導入していたからだ。

 リディアは言った。「オンライン上の記録は十年しかさかのぼれないけれど、バックミンスター・フラーの不動産税は今日まで支払われている」

 クレアはポールの部屋にかかった絵のことを考えた。彼の生家を描いた絵。影をつけたり正しいアングルを決めるのに何時間もかけた。結婚記念日に渡したとき、ポールは涙を流していた。

 クレアは言った。「ポールは土地を買った人が農地にするために家を取り壊したと言ってたわ」

「見に行ったことはあるの?」

「いいえ」何度か頼んだが、最終的には彼のプライバシーを尊重した。「見るのがつらいって」

 リディアはiPadに戻った。今度はクレアも横で見ていた。リディアはグーグルアースを呼びだし、ワトキンズビルの住所を入力した。広大な畑が画面に現れ、ズームインすると小さな家が見えた。すぐにポールの生家だとわかった。白い木の羽目板が縦ではなく横に並べられている。納屋は取り壊されているが、私道には車がある。家と畑を隔てる裏庭には子ども用のブランコがある。

 リディアは言った。「ストリートビューはないわ。道には名前もついてないみたい。貸してるのかしら?」

 クレアは両手で頭を抱えこんだ。もうなにもわからなかった。 「電話番号があった」リディアは再び立ちあがった。カウンターにある携帯に手を伸ばしたときクレアが止めた。

「プリペイド携帯を使って。わたしの部屋の椅子にある」

 リディアは廊下に消え、クレアは裏庭を眺めた。窓は結露で曇り、プールから蒸気が立ちのぼっている。ヒーターを下げたほうがいいだろう。どっちみち冬のあいだはプールはほとんど使わない。きっと覆いをかぶせたほうがいい。それともコンクリートで埋めてしまうか。大理石のタイルは掃除が大変だ。夏は夏でデッキがひどく熱くなり、サンダルを履くか軽い火傷をするリスクを負わなければならない。ポールはプールを実用性ではなく、 見た目重視でデザインしたのだ。

 これ以上にふたりの生活を象徴しているものがあるとは思えなかった。

 iPadを手に取った。バックミンスター・フラーの農家の衛星画像は、夏のあいだに撮られている。家の裏手の畑ではブドウの木が青々と葉を茂らせている。小さな平屋建ての家はいまも、結婚記念の絵にクレアが心を砕いて描いたのと同じ白い木の羽目板張りだ。

“ボード・アンド・バッテン”という名前だとポールは言っていた。屋根は明るいグリーンのアスファルト。庭はきっちり手入れされている。敷地の裏にあるブランコはがっしりして必要以上に立派、ポールが住宅建築に求めるふたつの要素だ。

 少なくとも事故で両親を亡くしたことは噓ではなかった。ポールはあまり語りたがらなかったが、クレアは母から詳しいことをすべて聞いていた。三万人の学生を擁するジョージア大の大学町であるとはいえ、アセンズはやはり小さな町だ。そのメインの図書館は、 アメリカのどの図書館も同じだろうがコミュニティの中心地だ。ヘレンがニュースで読んでいない情報は地元の噂話から仕入れた。

 スコット夫妻は教会の集まりからの帰る途中、アイスバーンにぶつかりアトランタ・ハイウェイを横滑りしたトレーラーに激突された。ポールのお父さんは首を切断された。お母さんはその数秒後に息絶えた。少なくともそれが目撃者の証言だ。車が炎に包まれるなか、女性の悲鳴が響きわたった。

 ポールは火を恐れていた。彼が恐れる唯一のものだった。埋葬指示書には火葬はしないでほしいとはっきり書かれていた。

「どうしたの?」リディアがプリペイド携帯を持って立っていた。

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カリン・スローター

成功した夫と美貌に恵まれ、なに不自由ない生活を送っていたクレア。だが、ある日暴漢に夫を殺されたことから、彼女の人生は暗転する。葬儀中、自宅に強盗に入られたクレアは、刑事に加えFBI捜査官が事情聴取に現れたことを不審に思い、夫のパソコン...もっと読む

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