「そういうわけで保護観察中の身なの」クレアは両手でパンを持ってひと口かじった。逮捕にまつわるできごとを語るのに、まるで食料品店であったおもしろいことを話しているような口ぶりだったが、クレアの目には涙が浮かんでいた。疲れきっているように見える。 それ以上に、おびえているように見える。いまのクレアにはひどく弱々しいところがある。 二十数年前の実家のキッチンのテーブルに腰を下ろしているみたいに。
クレアが口を開いた。「ジュリアがよくダンスしていたのは覚えてる?」
リディアはあまりに鮮明に思い出がよみがえったことに驚いた。ジュリアはダンスが大好きだった。音楽が少しでも聞こえればいつも完全に身を委ねた。「音楽の趣味が悪かったのは残念だったけど」
「そんなにひどくなかったわ」
「そう、メヌードよ?」
クレアは驚いた笑い声をあげた。そのボーイズ・バンドに熱を上げていたことなど忘れていたかのように。「ジュリアはほんとうに人生を謳歌していた。いろんなことを愛していたわ」
「謳歌していた」リディアはその言葉の軽やかさを楽しんだ。
ジュリアが行方不明になった直後、人々はあんなにいいお嬢さんにこんなひどいことが起こるとはなんという悲劇だろうと口をそろえた。それから保安官がジュリアはただ家出しただけ——ヒッピーのコミューンに加わったか男と逃げた——とする説を流すと、同情的だったトーンは咎めるようなものに変わった。ジュリア・キャロルは動物のシェルターでボランティアをし、ホームレスの炊き出しをしていたまじめな娘ではなくなった。抗議活動をして拘置所に入れられた声高な政治活動家だ。学校新聞の編集者を追放したゴリ押しの記者だ。大学にもっと多くの女性を雇うよう要求した過激なフェミニストだ。酒飲み、 マリファナ常用者、娼婦。
ジュリアを家族から奪うだけでは充分ではなかった。ジュリアのよきこともすべて奪われてしまったのだ。
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