ずいぶん昔の週末、クレアは父の陰気なひとり住まいのアパートメントで過ごしたことを思いだした。その日、父は離婚したばかりの父親がするようなことをすべてやった。クレアにひどく高価な服を買い、母に禁じられていた映画に連れていき、ジャンクフードを山ほど食べさせた。おかげで父がクレアのために用意した、シーツも壁も気味が悪いほどピンク色の部屋に帰ったときには意識を失いそうになった。
そのときクレアは十四、ひょっとすると十五になっていたかもしれない。自宅の部屋の壁は青緑色で、ベッドには多色使いのウェディングキルトを掛け、ぬいぐるみはひとつだけ。母の父のものだったロッキングチェアに乗せていた。
真夜中ごろ、ハンバーガーとアイスクリームが胃のなかで仁義なき戦いを始めた。バスルームに駆けこむと、バスタブのなかに父がいた。入浴していたわけではない。父はパジ ャマを着て枕に顔を押しつけていた。激しく泣きじゃくっていたせいで、クレアが電気をつけたこともほとんど気づかなかった。
「許してくれ、スイートピー」その声はひどく小さく、腰をかがめないと聞きとれなかっ た。バスタブの脇で膝をつきながら、クレアは奇妙にも、いつの日か自分の子どもを風呂に入れるのはこういう感じかしらと思っていた。
「どうしたの、パパ?」
父は首を振った。クレアのほうを見ようとしなかった。その日はジュリアの誕生日だった。父は午前中、保安官事務所に行き、事件ファイルを読み、写真を見た。寮の部屋、自宅の寝室、何週間も学生センターの外にチェーンでつながれていた自転車。「決して忘れることができないものがあるんだ」
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