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クレアは自分の部屋にすわっていた。ポールのところはもう耐えられない。クレアの机はチッペンデールの書き物机で、自分でオフホワイトに塗り替えた。壁は薄いグレー。床に敷いたラグは黄色いバラの模様。全体に詰め物がされた椅子とオットマンは、落ち着いた薄紫のベルベットで覆われている。シンプルなシャンデリアが下がっているが、クレアはクリスタルをアメジストに交換して、日が差したとき壁に紫のプリズムが現れるのを楽しんでいた。
ポールは決して部屋に入ってこなかった。入口に立っているだけで、パステルカラーのあれこれに触れたらペニスがもげ落ちるとでも思っていたのだろう。
車に残されていたアダム・クインのメモを見つめる。
“ほんとうにあのファイルが必要なんだ。強引な真似をさせないでくれ。AQ”。
長いあいだ見つめすぎたせいで、目を閉じたときもその言葉が浮かびあがった。
強引な真似。
これは明らかに脅迫だが、アダムにはクレアを脅す理由などないのだからわけがわからない。強引な真似とは具体的にどんなこと? ならず者を送りこんで痛めつけるとか? それとも性的なほのめかし? アダムとの浮気は少し荒っぽいところがあり、それはふたりの情事の性質上から来ているものだった。ロマンチックなホテルの部屋などというものとは無縁で、最初はクリスマスパーティで壁を背にしての慌ただしい行為だった。二度目はゴルフコンペのとき。〈クイン+スコット〉のオフィスのトイレのなかというのも一度あった。正直言うと、内緒の電話や秘密のメールのほうが実際の行為よりも刺激的だった。
それでも、クレアはアダムが言っているのがどのファイルのことか考えずにいられなかった——仕事のファイル、それともポルノのファイルだろうか? アダムとポールは大学の寮の部屋から保険の外交員まですべてを共有してきた。自分もその共有リストに載っていたのだと思ったが、ポールが気づいていたかどうかはわからない。
しかし一方で、自分はなにに気づいていたというのだろうか。
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