—そう、そして、過去を変えながら、現在を変えないままでいる、ということは可能なのだろうか?

ロンドンで、洋子の姿を一度テレビで見た蒔野は以来彼女との再会を願うようになった。
早苗と娘・優希の存在の肯定する一方、リサイタルで訪れたNYで洋子の姿を探そうとしてしまう……。

 洋子の人生も、もう随分と先へと進んでいるのだと蒔野は思った。彼女の存在が、震災後の自分の音楽活動にとって、どれほどの支えになっていたかを、本人に知らせる術はなかった。世界のどこかで、自分の新しいバッハを聴いているかもしれないという期待はあったが、別れの経緯を思い、彼女の現在の活躍を目にすると、それも望むべくもなかった。

 蒔野は、別れの日以後、初めて洋子の名前を検索してみて、彼女が現在所属するNGOのサイトも確認した。難民局はジュネーヴにあるらしく、今はもう、NYには住んでいないのだと思った。先ほどのテレビには「Komine」という旧姓が表示されており、ふと、「アメリカ人の経済学者」の夫はどうしたのだろうと気になったものの、「幸せだ」という是永の古い情報のせいもあり、洋子が離婚しているなどとは考えもしなかった。

 それでもとにかく、その姿を目にしたばかりに、蒔野は、レコーディング前日のこの夜、洋子にまた会いたいという抑え難い思いに囚われていた。震災後、彼は実際、今度はいつ、自分の身に襲いかかるやもしれない突然の死の不安の中で、多くの者と同様に、ただ未来へと、まっすぐに流れ続ける時間のために押し殺してきた欲望が、俄かに切迫感を帯びるのを経験していた。そして、彼がその時に思うのはただ一つ、洋子ともう一度、話がしたいということだった。

     *

 蒔野聡史のNYでのリサイタルは、二〇一二年五月の第二土曜日に催されることとなった。マーキン・コンサート・ホールでの午後一時からの公演枠で、チケットは二週間前に完売となった。プログラムは主催者とも話し合い、前半はブローウェルを中心に、ヴィラ=ロボスや武満徹といった二十世紀の作曲家の作品を、後半はバッハの無伴奏チェロ組曲の中から三曲を取り上げる構成にした。

 蒔野は、NYでの公演が決まった時、やはり、洋子が住んでいた町だということを意識した。そして、もしまだNYに住んでいたなら、自分は彼女に連絡を取ろうとしただろうかと考えた。彼は今日まで、洋子に自分から連絡を取るという考えを金輪際退けてきた。手許にあるのは、古いRFP時代のメール・アドレスだけである。しかし、是永に訊けば、今の連絡先もわかるのではないか。……

会いたいというその気持ちは、早苗と優希との生活の中で彼に罪悪感を抱かせた。彼はとりわけ、優希の生を無条件に、絶対的に肯定したかった。そうでなければかわいそうだったし、それが出来ないなら、自分は人間的に無価値だと思っていた。もう時が経ちすぎてしまったのだと何度となく自分に言い聞かせ、始末の悪い自分の未練がましさに腹を立てた。

 洋子の生き生きとした姿を見て、彼は我がことのように嬉しく、誇らしかったが、それだけに、今更自分の出る幕ではないとも感じていた。彼は未だに洋子が早苗と再会したことを知らず、せめてあの別れの夜の誤解だけは解きたかった。彼が知ってほしかったのは、経緯というより、自分があの時、どれほど洋子を愛していたかということだった。

 しかし、それを今、彼女が知ったとして、どうなるというのだろう? 蒔野は、今この瞬間の生の事実性に拘っていた。現在は既にもう、それぞれに充実してしまい、その生活に伴う感情も芽生えてしまっている。

 過去は変えられる。—そう、そして、過去を変えながら、現在を変えないままでいる、ということは可能なのだろうか? 洋子は、蒔野が早苗を咎めたのと同じように、こう言うのではあるまいか? 「どうして黙っておいてくれなかったの?」と。

 NYから中南米にかけての今度のツアーは、同行者のいない一人旅だった。早苗は蒔野のNY行きを気にしていたが、彼は敢えて洋子が今はジュネーヴにいる話などしなかった。

 蒔野はミッドタウンに宿泊し、到着日の夕食前には、少しチェルシーの辺りを散歩した。

 是永から昔、洋子がその辺りに住んでいたと聞いたことがあった。そして、自分が無意識に、洋子を探しているのに気がつき、信号待ちのために立ち止まったところで、もう止めようと思った。

 会うべきではない。会えばどうなるのか、彼は自分の中にある 怖さ 、、 と向き合った。ここには第一、洋子はいないのだから。—そうして彼は、彼女が当日、会場一階奥の席にいることを知らないまま、舞台に立つこととなるのだった。

 洋子は、蒔野の新しいバッハの《無伴奏チェロ組曲全集》を発売直後に購入していたが、二十代の彼の「天才」の名を恣にしたあの旧盤を、あまりに愛していただけに、なかなかCDを開封することが出来なかった。長い演奏活動の休止明けであり、東日本大震災後、まだ一年と経ていなかった。

 そうしてようやくCDを再生した彼女は、自分を酷く浅はかに感じた。

 洋子は、自分がかつて彼を愛し、彼に愛されていたという事実さえも半ば忘れて、音楽家として彼に魅了され、同世代人として彼を尊敬した。うまく言葉にならないような強い、深い感動があり、それが何なのかを考えた。とにかくただ、「いい音楽」と言うより他はなく、彼に一言、「おめでとう。」と言いたかった。そして、この作品のために、早苗の存在が不可欠であったとするならば、彼女にもやはり「おめでとう。」と言うべきだった。

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