プリティ・ガールズ

苦い真実か優しい嘘か

夫のポールがみていたSM動画が本物なら、夫の評判が下がるかもしれないけれど……決意を固めたクレアは動画の入ったハードディスクを手に警察署に向かった。


プリティ・ガールズ 上(ハーパーBOOKS)

 横倒しになったキャビネットのせいでクレアのBMWは動かせそうにない。結局ポールのテスラにしたのは、もう日が落ちているのに、ポルシェのヘッドライトが粉々になっていたからだ。なにをするつもりなのか自問することなく、ダンウッディ警察署の駐車場に乗り入れた。ハードディスクは助手席にシートベルトでくくりつけてあった。白いアルミニウム製の箱は十キロ近くあり、助手席のエアバッグは、幼児がすわっているとセンサー が感知するため切ってある。

 警察署を見上げた。一九五〇年代の文房具店を思わせる。ほんとうならノーラン捜査官に渡すべきなのだろうが、昨日ノーランはクレアに対してひどい態度をとり、メイヒューは彼にそのいまいましい口を閉じていろというようなことを言ってくれた。だからメイヒュー警部に渡すことにしたのだ。

 彼はこの件を真剣に捉えてくれるだろうか。フレッド・ノーランとはちがい、メイヒューのことは脇役刑事のイメージ以外、はっきりした印象はなかった。ただ、口ひげが不安を抱かせた。なぜならカール・ハッカビー保安官 —ハックルベリーの元祖—が無能そうな口ひげを蓄えていたからだ。上唇に沿った自然なカーブではなく直線を描くようなまっすぐな口ひげだ。クレアが彼を初めて見たのは十三歳のころだった。唇の上についてい る奇妙な細長いブラシのようなひげは本物なのだろうかと思ったことを覚えている。

 だがいまのクレアにはどうでもいいことだ。ひげは無能さを示す普遍的な指標ではない。

 助手席のハードディスクを見下ろす。

 苦い真実か優しい噓か。

  メイヒューのことはどうでもいい。問題は自分自身であり、ポールの評判だ。もう名前を伏せておくことはできない。いずれ世間に知れわたるだろう。夫がなににのめりこんでいたか知れるだろう。すでに知られているかもしれない。

 それにこの動画が本物だとしたら、二番目の女の子はまだ生きているかもしれない。クレアは勇気を奮い起こして車を降りた。ハードディスクはさっきより重く感じられた。すっかり夜が更け、遠くで雷鳴がする。駐車場を歩いていると頭上でピカッと光った。喪服は乾いていたがごわごわして歩きにくかった。歯を食いしばっていたせいで顎がズキズキする。前回ダンウッディ警察署に来たときはテニスウェア姿で、裏口に連れていかれた。

 今回は、気がつくとひどく狭いフロントロビーに立っていた。オフィスエリアと訪問者を隔てる大きな防弾ガラスがある。受付はがっしりした制服警官で、クレアが入っていっても顔を上げなかった。

 クレアは空いている椅子にハードディスクを置き、受付の前に立った。 がっしりした警官は面倒くさそうにパソコンから顔を上げた。「だれにご用ですか?」

「メイヒュー警部を」

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カリン スローター
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2015-12-02

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プリティ・ガールズ

カリン・スローター

成功した夫と美貌に恵まれ、なに不自由ない生活を送っていたクレア。だが、ある日暴漢に夫を殺されたことから、彼女の人生は暗転する。葬儀中、自宅に強盗に入られたクレアは、刑事に加えFBI捜査官が事情聴取に現れたことを不審に思い、夫のパソコン...もっと読む

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