プリティ・ガールズ

あのSM動画は本物?

亡くなった夫のポールは本当にSM動画を見ていたのだろうか? 浮かび上がる疑問を整理しながら、クレアは二人の結婚生活を振り返ります。


プリティ・ガールズ 上(ハーパーBOOKS)

5

 墓地でリディアと顔を合わせたあと、クレアは濡れねずみのまま家に帰った。ガレージの真ん中で震えながら壊れたテニスラケットを握っていた。それがクレアの選んだ武器だ。四分で壊した四本目のラケット。ガレージのなかでグラファイトのテニスラケットの硬い縁がぶつかっていない場所はなかった。ボスワースツアー 、クレアのストロークに合わ せて特注したものだ。ひと振り四百ドル。

 手首をまわした。あとで氷で冷やさなければ。手にはすでに痣ができている。叫びすぎて喉が痛かった。ポールのポルシェのサイドミラーに映る自分の姿を見つめた。濡れた髪は頭にぴたりと張りつき、昨日の午後葬儀で着た喪服姿のままだ。ウォータープルーフのマスカラもついに流れ落ち、口紅はとうにとれている。肌はくすんだまま。

 最後にこれほどかっとなったのはいつだったかクレアは思いだせなかった。拘置所に入れられた日もこれほどわれを忘れたりはしなかった。

 目を閉じて広いガレージの沈黙をのみこもうとする。BMWのエンジンは冷えていて、 それがかちりと音をたてるのが聞こえた。ひとつ鳴るごとに鼓動が六回脈打つ。胸に手を当て、心臓が爆発することはあるのだろうかと考えた。

 ゆうべは悪夢を覚悟して眠りについたが、コンクリートの壁につながれてマスクの男に襲われるのではなく、脳はもっとひどい場面を映しだした。ポールと過ごした最高の瞬間がハイライトで現れたのだ。

 セント・マーチンで足首をくじいたとき、ポールが島じゅう医者を捜しまわってくれたときのこと。クレアを抱きあげて二階へ運ぼうとしたものの、腰が痛くなって結局踊り場で愛を交わしたときのこと。膝の手術を受けた直後クレアが痛みに目を覚ますと、包帯にスマイルマークが描かれていたときのこと。

 結婚して十八年、妻のコーヒーカップにふたりのイニシャルを書いたハートマーク付きのメモを残す男が、ほんとうにあんな動画をダウンロードしていたのだろうか。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

ミステリー界の新女王カリン・スローターが描く本年度最高のスリラー小説!

プリティ・ガールズ 上 (ハーパーBOOKS)

カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2015-12-02

この連載について

初回を読む
プリティ・ガールズ

カリン・スローター

成功した夫と美貌に恵まれ、なに不自由ない生活を送っていたクレア。だが、ある日暴漢に夫を殺されたことから、彼女の人生は暗転する。葬儀中、自宅に強盗に入られたクレアは、刑事に加えFBI捜査官が事情聴取に現れたことを不審に思い、夫のパソコン...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません