iii
今日保安官に逮捕された。彼の捜査を妨害したという。わたしの反論は、存在しないものなど妨害できないというものだったが、彼には通じなかったようだ。
何年も前、地元の人道支援シェルターの資金集めのため、郡のイベントで行われた模擬逮捕劇に参加したことがあった。おまえとクレアがスキーボールをしているあいだ(ペッパーは先生に生意気な口をきいたために留守番をさせられていた)、わたしたち悪人役はロープで囲まれた場所に閉じこめられ、家族が保釈してくれるのを待っていた。
あのときと同様、今回も母さんがわたしを保釈してくれた。
「サム、こんなこともうやめて」と彼女は言った。
不安なとき、母さんは新しい結婚指輪をくるくるとまわす。それを見るたび、わたしは彼女がそれを外そうとしているのではないかと感じてしまう。
母さんをどれほど愛しているか、話したことはあっただろうか。彼女はわたしが知るうちで、もっともすばらしい女性だ。おまえのおばあちゃんは母さんのことを金目当てだと言ったが、初めて会ったときわたしはほとんど文無しだった。母さんが言うことすることすべてがわたしの喜びだった。彼女が読んだ本をわたしも好きになった。彼女の考え方が 好きだった。わたしを見るまなざしが好きだった。わたし自身よく知らないなにかを見つけてくれたからだ。
彼女がいなければわたしはあきらめていただろう——おまえのことではない、おまえのことは絶対にあきらめない——わたし自身のことだ。いまだから話すが、わたしはあまりよい学生ではなかった。勉強を苦もなくこなしていけるほど頭もよくなかった。授業に集中していなかった。試験もしょっちゅう落ちていた。課題もさぼっていた。いつも仮進級の状態だった。おばあちゃんは知らないが、そのときわたしはおまえがのちにやったと言われていることをやろうとしていた。持ち物を全部売り、親指を突き立ててヒッチハイクでカリフォルニアに行き、ドロップアウトしてきたほかのヒッピーたちに交じろうと考えていたのだ。
だが母さんに会ってすべてが変わった。これまで夢見たことのないものをほしいと思うようになった。安定した仕事、信頼できる車、マイホーム、そして家族。おまえはずいぶん前に、おまえの旅行熱はわたしの遺伝だと知った。だが一生をともにしたいと思う相手に出会ったとき、それがどうなるかわかってほしい。浮わついた気持ちはバターのように溶けてなくなってしまうのだ。
わたしの心をいちばん苛んだのは、おまえがそれを身をもって知ることができないということだ。
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