プリティ・ガールズ

娘の夢

助手席に座る娘から「話したいことがあるんだ」と持ち出されたリディア。リディアの目から思わずこぼれた涙の理由とは……?


プリティ・ガールズ 上(ハーパーBOOKS)

4

 娘を他校で行なわれる試合に連れていくため、リディアは目の前の道路に必死に集中しようとしていた。ポール・スコットの死の衝撃に襲われるまで、二十四時間持ちこたえた。 そのあと陥った二日酔いはそれはひどいものだった。一日じゅう泣いてへとへとになった。 心臓が鼓動を打つたびに頭がガンガンした。頭痛をやわらげるために飲んだコーヒーのせいで、そわそわと落ち着かなくなった。頭がふらふらするのは嫌いだったが、もっといやなのは今朝目覚めた瞬間、コカインをキメればすっきりするのにと思ったことだった。

 リディアはあの最低男のために、十七年半続いているクリーンな状態をあきらめるつもりはなかった。そんなばかなことをするくらいなら、橋から身を投げたほうがましだ。

 でもコカインに手を出すことを考えた自分を責めないわけにはいかなかった。ゆうべ赤ん坊のように泣きじゃくるのを止めることもできなかった。

  一時間以上リックの腕のなかで泣いた。彼はとても優しく、リディアの髪をなでながら動転するのも当然だと言ってくれた。話をさせようとしたり、ミーティングに連れていくのではなく、ジョン・コルトレーンの曲をかけ、フライドチキンをつくってくれた。チキンはおいしかった。一緒にいてくれるのはもっといい。やがてふたりはコルトレーンのソロ、〈クレッセント〉と〈ブルー・イン・グリーン〉ではどちらがいいか議論を始めた。 その最中にディーが部屋に入ってきて、十代の娘が母親にする最高のことをしてくれた。 つまりリディアに賛成したのだ。

 蜜月は長く続かなかった。

 ディーはいま、リディアが”スマホの体勢(車版)”と呼んでいるところの格好でミニバンの助手席に沈みこんでいる。スニーカーをダッシュボードに乗せ、肘から先をカンガルーの脚のようにシートにぴったりつけて。鼻から三センチのところにiPhoneがある。事故が起きたらシートベルトで首が切断されるだろう。

「マジヤバイ!」救急車を待っているあいだ、ディーはそうメールするはずだ。「ジコって首チョンパ!」

 リディアは母親から始終小言を受けていたことを思いだした。まっすぐ立ちなさい、猫背はやめなさい、顔から本を離しなさい、化粧水をつけなさい、寝るまでブラをしていなさい、いつもお腹を引っこませていなさい、ヒッチハイクは絶対にダメ。母の口から出たくだらない助言の数々に従わなかった自分をひっぱたきたかった。

 それにはもう遅い。

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カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2015-12-02

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カリン・スローター

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