妻を赦すべきであることはわかっていた。

洋子とのあの別れは、現在の妻である早苗の仕業であった。生まれた娘を見ながら、蒔野は早苗を許すべきだと考えるがー…。
そして、三月十一日、あの日が訪れる。

 ようやく寝ついた我が子の寝顔を見ながら、この子には、両親が真に愛し合って生まれてきたのだと安心して信じさせたいと蒔野は思った。自分を抱きかかえていた父の心には、実は常に、母ではない別の女性が存在していたなどというのは、許されないことではあるまいか?

 早苗の福岡の両親も訪ねてきて、特に母親はしばらく寝泊まりして家事や育児を手伝った。蒔野に対しては、結婚当初は遠慮気味で、その後の長い不調の時期には困惑し、とりわけ父親は不満を抱いていたが、優希の誕生を機に互いに打ち解ける努力をした。

 早苗の母親は、娘はそそっかしくて我が強いので、とても芸術家の妻など務まらないのではないかと心配していたが、こんなにかわいい孫に恵まれて本当に喜んでいますと、早苗が寝室で授乳してる間に、蒔野にしんみりとした笑顔で語った。

 妻を赦すべきであることはわかっていた。

 自分は決して、洋子を失い、その代わりとして仕方なく早苗と結婚したのではなかった。彼女という一人の人間を確かに愛していたからこそ、今日まで生活を共にしてきたのだった。彼はその事実に拘った。そして、気を許せば今にも変わってしまいそうな脆い過去を、努めて元の姿のままに留めおいた。

 蒔野の家族に対する思いは、三月十一日の東日本大震災を経て一層強いものとなった。

 彼はその日、自宅の二階でギターの練習をしていた。早苗は、優希を連れて、近所の保育園に四月からの入園の手続きに訪れていた。

 激しい横揺れで、久しぶりに少し弾いて、スタンドに立てかけておいたフレドリッシュが一本倒れて、共鳴板に罅が入ってしまった。メインで使用しているフレタは、咄嗟に庇って辛うじて無事だった。

 書棚が傾き、床に散乱する本を踏み分けて、すぐに早苗に電話をしたが繋がらなかった。保育園に駆けつけると、二人とも無事だったが、園内は騒然としていて、余震の度に緊迫した避難指示の声が上がった。

 それからは、テレビで津波被害の映像を見続け、水や食べ物を確保し、原発事故の報道に神経質になった。海外の友人からは、ひっきりなしに、なぜまだ東京にいるのかという忠告のメールが届いたが、蒔野は、本当に避難の必要があるのか、判断がつかなかった。

 四月初旬には、三年弱ぶりとなるリサイタルが横浜で予定されており、決行か中止かの判断を巡って協議を続けていた。

 二週間経つと、早苗の疲労が限界に達した。自分というより優希のために、彼女は、放射性物質の東京への飛散や飲食物の汚染といった情報をネットで調べ続けた挙げ句、いよいよ混乱して途方に暮れてしまっていた。

 蒔野は、早苗の両親の懇願もあって、二人をしばらく福岡の実家に帰省させることにした。彼自身も同行して、二日ほどを博多で過ごしたが、余震がないというだけでも、精神的にはかなり楽だった。街行く人の表情も、節電でネオンが消えた東京の抑鬱的な緊迫感とはまるで違っていた。

 自宅で独りになると、蒔野は久しぶりに人気のない静けさに浸ったが、そのことに寂しさも感じた。いつになくテレビをつけがちで、繰り返される津波の映像や被災者の報道、更には刻々と変化する原発事故の状況は、彼をなかなか練習に集中させなかった。情報収集のために、ネットに接する時間も長くなったが、「絆」という言葉に縛められた殺伐とした躁状態には彼自身も疲弊した。

 蒔野は最終的に、コンサートを中止しない決断を下した。余震も続いており、早苗は彼への風当たりを懸念して反対していたが、自分自身の心の重苦しさを思っても、こういう時にこそ、この世界には音楽が必要なのだと信念を以て主張すべきだと考えた。既にチケットは完売していたが、当日の客足はわからなかった。主催者とは、万が一の場合の避難について、時間を掛けて打ち合わせをした。

 同じ時期にコンサートの予定があった他の音楽家らと同様に、中止しても決行しても、何らかの批判は免れ得なかった。蒔野は、コンサートの収益を全額、被災地に寄付することを併せて公表したが、こんな時に不謹慎だというものから次なる地震が警戒されている最中に非常識だというもの、逼迫する電力の無駄遣いだというもの、更には寄付自体を偽善的な売名行為だというものまで、非難の声は予想以上に大きく、普段ならば頭に来そうなところだが、さすがに蒔野も気弱になり、自分の判断の是非に自信を持てなかった。

 蓋を開けてみれば、コンサートは、当日券売り場に行列が出来るほどの盛況だった。

 復帰リサイタルが、こうした状況であったことは、蒔野の感情を複雑に高揚させた。固より克服されねばならなかった、彼自身の不安があった。その上で、遠い死者たちの絶対的な沈黙とまだ生きている者らが携え、会場に持ち寄った数多の沈黙とを、両ながらに一つの音楽に変えねばならなかった。その緊張のために、蒔野は初めて、本番前の嘔吐を経験した。

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マチネの終わりに

平野啓一郎

毎日新聞で3月1日より連載を開始した芥川賞作家・平野啓一郎氏の新連載『マチネの終わりに』が、cakesでもスタート! 『空白を満たしなさい』以来、三年ぶりの長篇となる本作のテーマは「恋愛」。文明と文化、喧噪と静寂、生と死、更には40代...もっと読む

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