笑いのカイブツ

もう一回、ちゃんとお笑いやれよ。

難波の街をあてもなくさまよっていると、トカゲという元芸人に会いました。吉本の劇場時代にあったトカゲは、ツチヤさんにお笑いをちゃんと続けろと言います。
他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。

2012 年の頃から、僕はずっとそのコンビの漫才を手伝っていた。

2015 年の夏も執筆依頼が来た。

「作るか?」と、カイブツは言った。

返事は決まっていた。早速、ネタ作りは始まる。

脳が疲れるまで漫才を書いて、脳が疲れたら寝て、起きてまた漫才を書いて、寝て、起きて漫才を書く。 完成するまで、それをひたすら繰り返す。

その間ずっと、僕の外に飛び出したカイブツは、ひたすら狂喜乱舞している。 ネタのボケしろを、最後の最後まで食い尽くし、もう何も残っていない、焼け野原のような状態になった時に、ネタは完成を迎える。

ネタ作りが終わると、いつも僕の部屋の中は、大量のネタを書いた紙が、散乱している状態になっている。 それをまとめてパソコンに打ち込んで、メールで送信したら、僕の仕事は終わる。

日付けを見ると、漫才を依頼された日から、いつの間にか 2 日が経過していた。僕は丸 2 日ぶりに、家の外に出て自転車に乗った。


あの日、僕が血まみれにした道路を通る。僕の血はすべて流されて、何事もなかったかのように、全部が元通りだ。

そんな風に行くあてもなく、難波の街を自転車で走っていたら、トカゲに再会した。

トカゲというのは、僕が吉本の劇場に居た頃に、その劇場のオーディションライブを受けに来ていた元芸人だ。

トカゲは僕が心の中で、彼に勝手に付けたニックネームで、実際、『モンスターズ・インク』に出てくる、紫色の悪いトカゲに顔がそっくりだった。 あの紫色のトカゲの名前、なんて言うんだっけ?

「飯食いに行こうや」とトカゲは言った。

「ええわ。金ないねん」と僕は答えた。

トカゲは「俺が出すから来い」と言って、僕は強引に店に連れて行かれることになった。

トカゲは、ある漫才コンビのツッコミ担当だった。 当時から、ずけずけと人の心に、土足で踏み込んで来るような、ガサツな人間だった。僕はそんなトカゲを、あまり好きではなかった。

あの頃だって、大して僕達は仲良くなかったのに。こいつと 5 年ぶりに会って、何を話せばいいんだろう?

「なあ、『モンスターズ・インク』見た?」

「見たよ」

「紫色の悪いトカゲおったやん? あいつの名前なんやったっけ?」

「ランドールやろ?」

「ああ、ランドールか」

しばらく黙り込んだトカゲが、僕に言った。

「お前、俺があれに似てるって言いたいんやろ?」

「なんでわかったん?」

トカゲはツッコミ担当だったためか、常に周囲にアンテナを張っていて、洞察力が凄い。それは今でも、衰えていないようだった。

居酒屋のテーブルで、トカゲは 2 人分のビールを注文した。

目の前に座っているトカゲは、そのままファッション雑誌に載ったとしても不思議じゃないくらい、オシャレな格好をしていた。僕はボロボロの格好をしている。 こんなオシャレな格好をした奴と、一緒にいるのは恥ずかしいと思った。

「今、何してんの?」とトカゲは聞いてきた。

「お前は?」

「投資や」と言ってトカゲは、僕に貯金残高を見せて来た。

その貯金残高は、一千万円を超えていた。 心の中が、今までにないくらいざわついた。

「すげーな」

僕の貯金残高は 0 円だった。僕はこの世界から、「死ね」と言われているような気分になった。

「この前、お前のこと調べたら、名前出て来たわ」

それを聞いた時、僕の心臓は、体内で一瞬だけ跳ねた。 それはつまり、僕が吉本を辞めてから何をして来たのかが、こいつにバレてしまっているということを意味していた。

『ツチヤタカユキ』とネットで検索すれば、僕がハガキ職人から、あるお笑いコンビの座付き作家になり、東京に行き、単独ライブの作家をやり、帰ってきたことが分かる。
しかし、それはネット上では、『挫折』という定義で記載されている。志半ばで諦めたという勝手な解釈や、パソコンができないから帰ったなどという憶測まで。それを見たトカゲは信じきっていた。

「なんで調べてん?」と僕がトカゲに聞くと、「ずっと気になっとったからな」とトカゲは答えた。

「なんやねん? 気色悪いなー。あの頃、大して仲良くもなかったのに」

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笑いのカイブツ

ツチヤ タカユキ
文藝春秋
2017-02-16

この連載について

初回を読む
笑いのカイブツ

ツチヤタカユキ

他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん、二七歳、童貞、無職。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。人間であることをはみ出してしまった「カイブツ」はどこへ行くのでし...もっと読む

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コメント

tukaji27 すごい、ツチヤタカユキが記事書いてる!!リトルトゥースは是非!→ 5年弱前 replyretweetfavorite

haruukonjk ツチヤタカユキはウォルターと自分が重なって見えたなど書いてるが二人の成果物は全く違う。 ドラッグは不幸の種。あんたの成果物は幸福の種や! 5年弱前 replyretweetfavorite

NCLLLLLN ツチヤ、パソコン使えないって違ったんだ…… 5年弱前 replyretweetfavorite

ono_sg パソコンが原因じゃなかったのか #annkw  5年弱前 replyretweetfavorite