二人にとって、二〇一一年は、その関係に斥力と引力とが同時に働いていたような年だった。

父であるソリッチとの再会の際に、洋子はずっと疑問に抱いていたことを問いかける。
洋子の母と離婚をした後、次の映画を撮影するまでの空白の九年間、彼は何をしていたのかー……?

 広々とした砂浜は、午後も日光浴を楽しむ人々で賑わっている。しかし、水はもう冷たいようで、サーファー以外は、精々、足を漬けてみる程度だった。

 長い浅瀬を、なだらかな波が寄せては返すのを、洋子は父と並んでしばらく見下ろしていた。

「お父さん、……さっきの話で、答えは出てるのかもしれないけど、一つだけ訊いてもいい?」

 ソリッチは、娘の声音から、既に何かを覚悟しているかのように頷いた。

「《ダルマチアの朝日》のあと、次に《幸福の硬貨》を撮影するまでの九年間、何をしてたの?—つまり、お母さんと離婚して、わたしを残して去ってしまったあと。」

「お母さんからは、何も聞いてないのか?」

「何も。でも、お父さんのことは、決して悪くは言わないわね。……」

 ソリッチは、前を向いたまま、まぶしそうに目を細めて、

—脅迫されていたんだ。」

 と呟いた。洋子は驚いて、父の顔を見上げた。

「どうして? 誰から?」

「……チトーは、よく知られている通り、映画好きの大統領だった。彼は私の《ダルマチアの朝日》を絶賛したが、二作目の脚本は気に入らなかった。彼は、《ネレトバの戦い》のようなパルチザン映画を私に撮らせたがっていた。ユーゴスラヴィア建国の起源として、パルチザンを再度、美化するためにね。あの時代は—一九七〇年前後というのは、どういう時代だった? 自主管理社会主義の分権化の必然として、ザグレブでも、ユーゴスラヴィアの一体性を動揺させる〈クロアチアの春〉のような民族主義運動が起こっていた。私は自分を、クロアチア人というより遙かにユーゴスラヴィア人だと信じていたが、民族主義の弾圧は、長い目で見れば、セルビアとの経済的な軋轢を背景に、悪い結果を招くことは目に見えていた。それに、私は自分の映画を、民族主義運動に対する政治的な反動として利用されることがどうしても嫌だった。」

「党から脅迫されてたの?」

「逮捕される危険はあったが、そうじゃない。—私は、第二作目を国外で制作せざるを得なくなった。ブリュッセルに居を移してね。

 しかし、そのための資金提供者の中に、チトーと対立した私を、民族主義者だと信じていた国外の極右のグループがいたんだ。チトーは、《ダルマチアの朝日》の最後の場面で、大地に横たわる主人公の死体を、パルチザンの犠牲に対する詩的なオマージュとして理解していた。しかし、民族主義者たちは、あの主人公を、パルチザンというより、まさにクロアチア人そのものとして受け止め、心底感動していたんだ。……クランク・インしてから間もなく、私の映画が、彼らの望んだ内容のものでなかったことが発覚した。プロデューサーにも責任があったはずだ。金集めのために、どんな説明をしていたのか。話があれだけ拗れたのも、思想的、政治的理由だけでなく、金の問題も一つにはあったのだろう。実際に脅してきたのは、マフィアみたいな連中だったが。……」

 洋子は、深いため息を吐いた。「それで?」

「私の懸念は、お母さんやお前に危害が及ぶことだった。二度、転居したあと、私はお母さんと、今後のことを話し合った。私との結婚を、潜伏生活をしながらでも続けるかどうか。」

「お母さん、……何て?」

 ソリッチは、下を向きながら帽子を被り直すと、

「無理だと言った。洋子をこれ以上、危険に曝すわけにはいかない、と。もっと真面な環境で子育てをしたいと言った。私は納得した。だから、別れたんだ。私の経歴からも、完全にお前たちの記録を抹消して。—しかし、それで良かったんだ。私はそれから四年近く、身を隠しながら生活をしていたからね。」

 洋子は、震える唇を噛み締めて、小刻みに頷いた。ソリッチは、娘の肩を抱き寄せた。

「お母さんは、心の中では、自分の冷淡さを責め続けていた。しかし、お前にこの話をしなかったのは、怖がらせたくなかったからだろう。」

「そう、……」

「私は、英語が話せないお前と、時折、密かに再会しても会話が出来なかった。大人になってからは、いつか話すつもりでいたが。」

 洋子は、父に寄りそいながら、片手で目を拭って、頭に乗せていた黒いサングラスを掛けた。その体の震えを鎮めようとするように、ソリッチは娘を更に強く抱擁した。

「それを、お父さんは後悔してる?」

「大事なのは、お前たちを愛していたということだった。理解し難いだろうが、愛していたからこそ関係を絶ったんだ。そしてお前はこんなに立派に育ち、お母さんも平穏に暮らしてる。多分、間違ってなかったんだろう。」

 洋子は、首を横に振って、鼻で大きく息をした。

「でも、お父さんとは一緒に暮らせなかった。」

 そう呟くと、彼女はサングラスの下から涙を溢れさせながら微笑んだ。

「だから、今よ、間違ってなかったって言えるのは。……今、この瞬間。わたしの過去を変えてくれた今。……」

 洋子は、長い時を経て、まるでこの時のために語っていたかのような、初対面の日の蒔野の言葉を思い出した。ソリッチは、洋子の言葉に頷いたが、あとの思いは、波の音に委ねて敢えて言葉にはしなかった。

 ◇第九章 マチネの終わりに

 蒔野聡史と小峰洋子の二人にとって、二〇一一年は、その関係に斥力と引力とが同時に働いていたような年だった。

 早苗の告白以後、蒔野は、妻に対する幾重もの矛盾した感情に苦しんでいた。

 冷たく激しい憤りと何となく淋しい思いやり。突き放すような軽蔑と見捨ててもおけぬ憐憫。その言動の一つ一つに対する根本的な不信と、これまで以上の深い理解。そして、一度ならず別れるという決断にさえ心を傾かしめた嫌悪と、もう既に愛着と呼んだ方が近いような慣れ親しんだ愛情。……

 祖父江や娘の奏が示す早苗への無条件の信頼には苦いものを感じたが、と言って、誰かがもし、早苗を狡猾さを以て貶したとするならば、蒔野は烈火の如く怒って、その弁護を買って出たことだろう。そういう時に、妻を庇うための美点には事欠かない気がした。

 出産の感動は、蒔野に早苗への否定的な感情を一旦忘れさせた。陣痛に耐える彼女の姿には、その愛への執着がどれほど人間的に間違っていようとも—いや、むしろだからこそ—何かしら健気なものがあった。多分、その瞬間に人が不意に立ち返る、或る生物学的な視点のためだったが、蒔野はそこまではっきりとは自覚せず、ただ漠然と、そうした直感に刺激されていた。そして彼は、妻の手を握り、顔を寄せて感謝の気持ちを伝えた。

 蒔野は、生まれてきた子供のか弱い健康に強く心を打たれた。

 自分たちが世話をしなければ、生存することさえままならないというその頼りなさと、やがてはその生存を自らのものとすることとなる肉体の精緻なシステムとが、彼の内側に、新鮮な興奮を喚起した。

 優希と名付けられたその子供は、蒔野の生活を数々の新しい音で満たした。

 泣き声は勿論、寝息や微かな発声、ちょっとした衣擦れやベッドのきしみ、子守歌のCD、鳴り物のオモチャ、そして、母親としての早苗のやさしい声、……そうしたすべてが、彼が日常の中で知る初めての音であり、例えば今、自宅でジョン・ケージの《四分三十三秒》を 演奏する 、、、、 ならば、その楽器編成は一年前とはまるで違ったものとなっていた。

 練習をしていても、しばらくは子供のことが気になって、急に静けさが心配になって様子を見に行ったりした。寝顔もさることながら、蒔野はその手を見るのが好きだった。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

コルク

この連載について

初回を読む
マチネの終わりに

平野啓一郎

毎日新聞で3月1日より連載を開始した芥川賞作家・平野啓一郎氏の新連載『マチネの終わりに』が、cakesでもスタート! 『空白を満たしなさい』以来、三年ぶりの長篇となる本作のテーマは「恋愛」。文明と文化、喧噪と静寂、生と死、更には40代...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません