バーテンダーふたりと給仕スタッフが七人。メニューはササゲ豆のケーキのエビ添え。ズッキーニとトウモロコシのフリッター。コリアンダーで香りづけしたビーフフリッター。ブルゴーニュワインを使ったビールのリゾットタルト。レモン風味のチキンにきゅうりとディルのピクルス。ポークソーゼージをデニッシュ生地で包んだピッグ・イン・ア・ブランケット。これは冗談のつもりでいつもメニューに入れているが、みんなこの小さいホットドックが大好きなので毎回最初になくなってしまう料理だった。
食べもののことを考えると、空腹だったクレアの胃がキリキリした。リムジン内にあるリキュールのデカンターをぼんやり見つめる。母の手が軽くストリッパーにかかっていた。イエローサファイアの指輪は二番目の夫からのプレゼントだ。親しみやすい男性だったが、歯科医を引退した二日後に心臓発作で亡くなった。ヘレン・リードは六十二歳だが、同世代よりもクレアの年代に近く見える。母いわく、なめらかな肌は四十年にわたる司書生活の賜物だという。日に当たらずに過ごしてきたおかげだと。しょっちゅう姉妹にまちがわれたことはクレアの若いころの悩みの種だった。
「少し飲む?」ヘレンが尋ねた。
クレアは反射的にいいえと答えそうになったが、こう言った。「ええ」
ヘレンはスコッチを取り出した。「ジニーは?」
クレアの祖母は笑顔を見せた。「けっこうよ、ありがとう」
ヘレンはたっぷりダブル分注いだ。グラスを受け取る手が震える。今朝精神安定剤をのんだものの、あまり効かなかったため、歯根管の治療のときにもらっていた鎮痛剤を追加でのんでいた。そのうえ酒を飲むのはよくないとわかっていたが、すべきでないことならすでに今週はたくさんしてしまった。
一気にグラスを傾けた。四日前の夜、ポールがスコッチをあおっていた姿が脳裏によみがえる。スコッチが胃に流れ、喉が焼かれたように感じて激しく咳きこんだ。
「あらまあ」ジニーがクレアの背中を優しく叩いた。「大丈夫、クレア?」
クレアは顔をしかめて飲み下した。頬に鋭い痛みが走る。路地の煉瓦塀で擦りむいた頬が赤くなっていた。みんな襲われたときにけがをしたのだろうと思っている。その前ではなく。
ジニーが続けた。「あなたが小さかったころ、風邪をひいたときスコッチ・アンド・シュガーを飲ませたわね。覚えてる?」
「ええ、覚えてるわ」
ジニーは愛情深くほほえんだ。クレアはいまだになじめないでいた。昨年、祖母は多幸的認知症とかいうものと診断された。つまりこの八十年扱いにくい女だった原因である、侮蔑や神経症的妄想を忘れてしまったということだ。この変化に周囲はみな警戒していた。昔のジニーが不死鳥のようによみがえり、再びみんなを叩きのめすのではないかと恐れているのだ。
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