阿良々木暦は最初から特別な存在だった
—— 『傷物語』は、羽川翼との出会いやキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードとの出会いなど、「出会い」が印象的なお話です。神谷さんと〈物語〉シリーズの出会いはどのようなものでしたか?
神谷 最初は『化物語』という作品がアニメ化するみたいですよ、つきましてはもしかしたら神谷さんに出ていただくかもしれません」とぼんやりと言われて、興味を持ったのがきっかけでした。その時はまだ確定ではなかったんですが、可能性があるんだったら読んでおこうかなと。
—— 最初読んだ時はどんな印象を持ちましたか?
神谷 独特な文体で描かれているなというのが第一印象だったんですが、それ以上に阿良々木暦の声が印象的でした。
—— 声? アニメ化される前の話ですよね?
神谷 本を読んでる時に誰かの声で再生されることってありません?
—— ああ、分かる気がします。
神谷 人によっては既存の声優さんや周りの人の声で再生されるのかなと思うんですが、僕の場合、誰の声でもなく、そのキャラクターが持っている架空の声帯で聞こえてきます。けれど阿良々木暦に関しては、最初から僕の声帯に近しい音でしゃべり始め、どういうリズムでどういう風にしゃべるのかっていうのがすごく明確に頭の中で流れたんです。
—— 今までに同じようなことはあったんですか?
神谷 ないですね。逆のパターンだったのが、同じ新房監督の作品で『さよなら絶望先生』という作品があります。僕は主人公の糸色望という役の声を任せていただいたんですけど、糸色に関しては読んでる時には彼の声帯が全く想像つかなかったんです。映像化する前から久米田康二先生のファンで絶望先生も読んでいて、これ任される人はきっと大変だろうな〜と他人事みたいに読んでたくらいで。
—— それがまさかに自分に来るとは。
神谷 本当に驚きました。まさか自分がやるとは思ってなかったので、かなり苦労しました。でも、基本的にはそういうキャラクターばっかりで、アフレコで初めて声を出して、「あ、このキャラクターはこんな声なんだ」と納得していく感じです。なのに、『化物語』の阿良々木暦に関しては、原作を読んだ時から声色やリズムが想像できたので、すごく不思議な感覚だったのを覚えています。
—— 最初からしっくりきてたんですね。
大したことやってないんじゃないかって思う時もある
—— 逆に阿良々木暦を演じるなかで苦労したことはありましたか?
神谷 長台詞が多いキャラクターではあるので、物理的なセリフ量の大変さっていうのは想像に難くないと思うんですけど、そこを「大変です」と言うのもね、僕ももう芸歴20年を超える声優なので恥ずかしいんですが。
—— 失礼いたしました(笑)。
神谷 それ以外で言うと、さっき言った台本チェックは、他の作品とは違う労力を使うのですごく時間がかかったりするんですけど、アフレコは不思議なくらい早く終わるんです。
—— 準備と本番にかかる時間が全然比例していない?
神谷 全然してないですね。いつも台本を渡されて重い気持ちになって家に帰って必死に台本チェックして、終わったら次はビデオチェック(アフレコ用映像の事前チェック)を何回もやって、ようやくアフレコに臨むんですけど、おわるのは一瞬。なんか自分って大したことやってないんじゃないかって不安に陥る時はあります。
—— いや、ものすごく大したことをされていると思います(笑)。達成感を感じる瞬間もないですか?
神谷 もちろん達成感はありますよ。短距離走みたいな感じですかね。死ぬほど練習して、本番でばーっと走り抜けて一番はやいタイムを出す。ただ、演技の場合は直線じゃなくて、カーブもあるので、そこをどう早く曲がっていけるかを考えながら最速で駆け抜けていくことが必要なのかなと思います。
一つの役を演じ続けることの弊害
—— ところで、神谷さんはエロ本を買う時は堂々と一冊で買えますか?
神谷 買え……ますね。さすがに僕も40歳なので(笑)。
—— 阿良々木暦くらいの年齢の時はどうでしたか?
神谷 どうでしょう……阿良々木少年は『終物語』でBLと熟女モノを一緒に買ってましたけど、そういうカモフラージュはしていたかもしれません。
阿良々木暦
—— そんな共通点のある阿良々木暦と神谷さんですが、『化物語』が始まってからもう6年の付き合いです。神谷さんにとって阿良々木暦はどういう存在ですか?
神谷 強引に繋げましたね(笑)。ええっと、これだけ一つのキャラクターを任せてもらえるというのは声優として珍しいケースだと思いますし、もちろんもっと長く演じておられる方もいらっしゃいますけど、僕の20年のキャリアの中ですごくありがたい役です。ただ、これだけ一つの作品を皆さんに愛していただいている反面、それゆえの弊害もあるはずで。