第141回 波を作る(前編)

「波は……波じゃん。それ以外、どー説明できるわけ?」とユーリが言う。
「波の広がり」第1章前編。
登場人物紹介
:数学が好きな高校生。
ユーリのいとこの中学生。のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだけれど飽きっぽい。
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僕の部屋

ここはの部屋。
勉強していると、いとこのユーリが遊びにやってきた。

ユーリ「ちーっす! ……あれ? お兄ちゃん、めずらしく勉強してる」

「めずらしくはないよ。まじめな高校生だからね」

ユーリ「だって、ユーリといるとき、いつも遊んでるじゃん」

「それは、ユーリが『ねー、お兄ちゃん、何かおもしろい話ないの? あそぼーよー!』って言うからだろ」

ユーリ「冷たいにゃ……それはさておき、何かおもしろい話ないの?」

「さておくなよ。ただいま勉強中!」

ユーリ「ちぇっ……まじめな高校生は何を勉強しておるのかな?」

「いまは物理。波動の復習」

ユーリ「ハドーって何?」

「波動っていうのは、のことだよ」

ユーリ「なみ? 波って物理なの?」

「そうだね。物理にはいろんな分野があるけれど、波……波動はその一つになるよ。ユーリも理科で習っただろう?」

ユーリ「習ったっけ」

「絶対習ってるよ。たとえば、音のこと習っただろう?」

ユーリ「そっか。音は波か……」

「そうだよ。音も波として伝わっていく。だから遠くまで届く」

ユーリ「あ、思い出してきたよ。こんなのだよね」

「そういえば、ユーリはサインカーブを知ってるじゃないか(『丸い三角関数』参照)。 あれも波だよ」

ユーリ「サインカーブって、あれは数学でしょ?」

「数学を使うと、物理的な現象をうまく表せるからね」

ユーリ「結局、波って物理なの? 数学なの?」

「ええとね……よし、わかった。じゃあ、基本的なところから話をしよう。 でないと、ごちゃごちゃしちゃうからね」

ユーリ「たのむぞよ」

波とは

「物理の話。とっても基本的なところから始めよう。ユーリは《波》というと、どんなものを思い浮かべる?」

ユーリ「うーんと、海?」

「海の波だね。いいよ」

ユーリ「プールの波も」

「うんうん。プールにも波がある。それはどちらも水が揺れているわけだね」

ユーリ「他には……地震も波じゃなかったっけ。テレビで見たことある。地震波」

「すごいのが来たな。そうだね。あれは地面が揺れている」

ユーリ「あと、さっきお兄ちゃんが言ってた、音も?」

「そうそう。あれは空気が揺れている。だから、空気がない宇宙では音が届かない。 宇宙で爆発が起きても音は聞こえないんだ」

ユーリ「スター・ウォーズではすごい音してたけど」

「時事ネタ自重。あれは映画だから……無音だったら悲しいし」

ユーリ「そだね」

「いまユーリが言ったのは代表的な波の例だね。海の波、地震の波、音の波。では、ユーリにクイズだよ。 『波』というのはいったい何だろう」

ユーリ「何だろうって?」

「つまり、波の定義は何かということ。いまから、波について考えようとしているわけだから、 波をきちんと定義しておきたい。波とは何か?」

ユーリ「波の定義……そんなの、考えたことない! だって、波は……波じゃん。見ればわかるし」

「ユーリには音が見えるの?」

ユーリ「うっ。見えにゃい……波の定義って何?」

「降参?」

ユーリ「降参じゃなくて、戦略的撤退」

「何だそれ。じゃあね、きっちり言えなくていいから、 『波というものには、こういう特徴がある』というものを挙げてごらんよ」

ユーリ揺れている、とか?」

「そうだね。波というからにはともかく揺れていてほしいよね。つまり、波というのは振動に関係しているわけだ」

ユーリ「ふむふむ」

「ところで『振動している』というからには、何かが振動する必要があるよね」

ユーリ「海の水とか?」

「そうそう。海やプールの波では、振動しているのは水だし、地震の波では振動しているのは地面だし、 音の波では振動しているのは空気になる。 ここでいう水や地面や空気のようなもののことを 媒質(ばいしつ)というんだよ」

ユーリ「ばいしつ」

「媒質が振動していることの他に、波の特徴は何かある?」

ユーリ「ないよ」

「え?」

ユーリ「だって、水が振動したら、もう波ができちゃうじゃん。他の特徴といわれましても」

「じゃあ、これも波?」

はそういって、指を上下に振ってみせる。

ユーリ「なにしてんの?」

「指を振動させてるんだよ。これも波?」

ユーリ「そんなの、波じゃない。うーん……もっと、波は遠くまで行く!」

「いい感じ。海の波も、地震の波も、音の波も、遠くまで伝わるんだ。 それは、波の大事な特徴だね。 だから、物理で研究する波というのは、こんなふうに定義できるよ」

波の定義
振動が伝わっていく現象を波と呼ぶ。

ユーリ「ふむふむ」

「《振動が伝わっていく現象》を波と呼ぶ。そして、振動が物質を通して伝わるとき、波を伝える物質のことを媒質と呼ぶ」

ユーリ「ねえ、お兄ちゃん。熱心に先生トークしてるとこ悪いんだけどさ…… 《振動が伝わっていく現象》って、あたりまえのこと言ってるよね」

「そうなんだけど、こういう定義を見たときには『何であるか』だけじゃなく、『何でないか』を考えるといいんだよ。そうすると、定義でいいたい重要なポイントがわかるから」

ユーリ「意味わかんない」

「つまり、《振動が伝わっていく現象》を波と呼ぶとしたら、《振動じゃないものが伝わる現象》は波とは呼ばない、ということ」

ユーリ「おお? ……って、もっと意味わかんない!」

「たとえば、お兄ちゃんがユーリにボールをぽんと投げたとする。キャッチボールだ。 このとき、ボールが伝わったわけだけれど、これは波とは呼ばない」

ユーリ「まー、そーだけど……それ、大事なこと?」

「大事なこと。つまりね、波というのはあくまで振動が遠くまで伝わるのであって、 物質が遠くまで移動しているわけじゃないよ、ということ」

ユーリ「……」

「わかる?」

ユーリ「考えてるの」

「……」

ユーリ「ねえ、お兄ちゃん! 海の波って、海の水が動くんじゃないの?!」

「そこだよ! 海の波が伝わるとき、海の水が動くわけじゃないんだ。ああ、もちろん、波打ち際で小さな水の移動はあるし、 波が伝わるときには水はその場で小さく回転運動をしてる。 でもね、海の波が遠くまで伝わるというのは、 海の水が遠くまではるばる移動するわけじゃない。 水が移動してるんじゃなく、ただ、振動が伝わるだけなんだ。 ある地点の振動のパターンが、少しずつ遠くまで伝わっていく。 それが波」

ユーリ「そっか!」

「音もそうだよ。音は遠くまで伝わる。あれは、あくまで空気の振動が伝わっているだけであって、 空気が遠くまで風のように移動しているわけじゃないんだ」

ユーリ「そーなんだ!」

「地震の波を考えれば、もっとよくわかる。土や岩がゴゴゴゴっと移動してくるわけじゃなくて、 振動が伝わってくるんだよね?」

ユーリ「う、うわああ……」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに12巻も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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