三上 トラウマとまではいわないけど、僕はやっぱりクラスになじめない生徒だったんですよ。特に中学生の頃とかね、みんながおニャン子クラブに夢中になってる横でひとり本を読んでる。「何がいいんだよ、そんなの」とか言われたりしてね。話が合う人なんて誰もいないと思ってた。
七月 前篇のお話で出た夕焼けじゃないけど、そのへんが三上さんの原風景なのかな。三上さんには好きなアイドルとか、憧れの人とか、そういうのはいなかったんですか?
三上 それも本の話になっちゃうよね。坂口安吾の『夜長姫と耳男』。あれに出てくる夜長姫が、ものすごく好きだった。
七月 どんな人なんですか?
三上 人がきりきり舞いして死んでいくのを喜んで見てる人。
七月 それないでしょ(笑)。そりゃクラスで浮きますよ。
三上 あと、当時強烈に感情移入していたのが、サン=テグジュペリの『南方郵便機』に出てくる女性。
七月 こっちはどんな子なんですか?
三上 子っていうか、人妻で。裕福な家の女性が不倫して、男と駆け落ちするんですよ。女性はその男のことをすごく愛してる。でも、やっぱり、前の生活が捨てられない。裕福で恵まれていた以前の生活が。それで泣く泣く帰っていく。それがね……。
七月 感情移入したんだ。
三上 そう。だって、愛し合ってるのに壊れる関係というのもあるんですよ? なるほどなあ、って、誰とも付き合ったことのない童貞は思ったわけです(笑)。
七月 そりゃクラスメイトも付いてこられないでしょうね……。
三上 後から考えれば、僕自身、頑なになっていたところもあったと思う。
七月 自覚はあるんですね。
三上 あれは忘れもしない中学2年生のとき。女の子と映画を観に行ったんですよ。なのに選んだ映画が『スペースバンパイア』で。
七月 どう考えてもB級映画ですよね。
三上 終わって横見たら、女の子、凍り付いてた。当然、まったく盛り上がらなくて、僕は、こんなに盛り上がらないんだったら、最初から一人で行けばよかったって思ったんです。
七月 おかしいでしょ、その結論(笑)。
三上 ほんとね、相手に理解してもらおうとか、そもそも相手の好みを考えるとか、そういう配慮ゼロですよね。そういう失敗ばっかり思い出しちゃって、明るい学園生活みたいなものが書けない。
七月 (笑)。
三上 逆にいうと、そういう痛々しい感じをぎりぎり覚えているうちに書いておいたほうがいいのかもしれないね。
七月 それはありますよ。
三上 七月くんはどうなの。『ぼく明日』なんかには、七月くんの女性観みたいなものが滲んでる気がしたんだけど。主人公の女の人に対する考え方とか、こういうときに相手に好感を持つんだな、とか、なんとなく、七月くんの顔が浮かんできた。
七月 どこ読んでそう思われたのか、めっちゃ思い当たります(笑)。
三上 僕も、なんかいい恰好してしまいそうだし絶対書かないようにしてるけど、作品にはやっぱり自分の恋愛観とか女性観が滲んでしまっているんだろうなと思う。
七月 こと恋愛に関しては、自分の知ってることしか書けませんからね。
何を羅針盤にして進んでいくか
七月 三上さんって、ずっと原稿を書いてるうちにゲシュタルト崩壊が起こることないですか? これ、どうなのって自分でわからなくなる。
三上 あります、あります。誰しもあるでしょう。だって自分は結末まで知ってるし、作品との距離が取れなくなる。そういうときってどうします?
七月 僕はプロットを信じます。これが羅針盤なんだと。あのとき面白いと思って、これでよしと思って書いたのだから、これを信じて進めばいいと、自分に言い聞かせるようにしています。三上さんは?
三上 僕の場合、プロット以前の原点に立ち返りますね。これは何の話で、何を読者に伝えたい話だったかというところに立ち返って考える。
七月 大本のところと照らし合わせるんですね。
三上 そう。それでプロットのほうがやっぱりおかしいということになれば直すし、いや大丈夫ということになれば、進める。
七月 じゃあ、最後まで走ってからではなく、その都度見直して、必要があれば書き直すんですね。
三上 わりと書き直しますね。
七月 なるほど。確かに僕も、そうすることもあります。でもだいたいは、本当にこの展開でいいのか、なんていう不安に苛まれたときは、我慢して最後まで書く。そして誰かに見てもらう。担当さんとか、もう第三者の目に頼るしかないと思って。
三上 そっちのほうがいいかもしれない。立ち返っていちいち直していると、時間がいくらあっても足りなくなっちゃうから。
七月 でも、その人によってやり方っていろいろあるじゃないですか。
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