鍋料理が文献上見られるようになるのは、江戸時代後期。意外と歴史が浅いのには理由があります。時代劇などを見ていると気づきますが、日本には、家族といえども各自が自分のお膳で食事をする習慣がありました。おかずも漬物も一人ずつ盛りつけ、一つの鍋はおろか、同じ皿に箸を運ぶことすら、しなかったのです。
江戸時代に広まった鍋料理も、「小鍋立て」とよばれる一人鍋でした。小さな鍋で、湯豆腐やどじょう鍋を作ったそうです。江戸の文化風俗を記した『江戸繁昌記』(1832年)には、「凡そ肉は葱に宜し、一客に一鍋、火盆を連ねて供具す」とあり、店のお客に鍋料理を火にかけて出した様子がうかがえます。江戸の長屋や料理屋に囲炉裏がなかったことも、こうした料理を誕生させた一因だったかもしれません。
鍋料理の歴史を大きく変えたのが、文明開化以降に流行した牛鍋です。牛肉と葱を使ったすき焼きの元祖のような料理でした。『江戸繁昌記』には「肉」の文字が出ていましたが、実は日本では、仏教伝来からずっと肉食は禁じられていました。明治に入って解禁となり、庶民の間で大ブーム。牛鍋を食べないなんて流行遅れとまで言われたのです。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。