赤い絨毯

第2回】母の面影

【前回まで】父親の転勤により、父と二人全国を転々としてきた「俺」。他人と関わるのが苦手で、人の心を敏感に感じ取ってしまう性質のため、どこに行っても友だちができません。そんな「俺」に、ある日父は母方の祖母の家に預けると告げました。父に言われたとおり、一人電車を乗り継ぎ北国は秋田大曲に辿り着いた「俺」の見た景色とは。

 盛岡から田沢湖線に乗り換え、終着の大曲にやってきたときは、最初ちょっとした達成感を得たが、よく考えると自分で走ってやってきたならともかく、実際に運んできたのは鉄道である。金を払って鉄道に乗っただけの自分が偉いと思うのは違うと理屈っぽく思い直しながら、リュックサックを背負ってホームに降りた。もう視界には駅の建物と白い雪と雲に覆われた暗い空しか見えない。そして、想像以上に寒い。

 メモ通り大曲駅に着いたが誰も居ない。几帳面なおやじの通り、到着時刻は寸分の狂いもなかったが肝心の迎えがこないのではどうしようもない。出口を間違えたのかと何度か往復しても、俺を探す婆らしき姿は見当たらないのである。駅内の青い公衆電話で連絡を取るため電話の置いてあった棚をよじ登り10円玉を入れ、メモに書いてあった番号に電話をしたが何度鳴らしても誰も出ない。文字通り、顔が公衆電話の色同様の真っ青に。

 何といっても途方に暮れたのは、駅が異常に寒いのである。凍えるなか、鼻水をすすっても始まらない。寒いところで耐えるにはまずマフラーと手袋が重要だ、と思い知ったのはこのときだ。この辺では一番栄えているはずの地域とおやじから聞かされていたのだが、吹き積もった雪を煙のように巻き上げながら駅構内に流れ込んでくる湿った風が冷たいことと言ったらない。まだ日が出ているからいいが、ここに何時間もいろというのは無理だ。文字通り、ビュウウウという音がする。子供心にまた『雪国』を思い返したりしたが、そんなことを考えている余裕はないと頭(かぶり)を振って、そう広くもない駅をうろうろした。

 見かねて、中年の駅員が「僕、誰か探しているの?」と声をかけてきた。おやじからは知らない人と話してはならないと強く言われていたことが少し頭の中をよぎったが、とはいえ、そう厚手でもないジャンパーで極寒の構内をきょろきょろしている坊主が独りいたら気になるのだろう。俺も婆ちゃんに会わないことにはどうにもならぬ。

俺は駅員を見上げてメモを見せながら言った。
「婆ちゃんが来るって待ち合わせているんだけど」
「一人で来たの?」
駅員は目を丸くしている。

 一人で来たとも。心の中で言ったが口には出さず、押し黙った。その間、駅員はおやじの汚い字を読解するのにたっぷりと数秒の時間をかけてから言った。
「ああ……、あすこの山の婆さんの」
メモから目を俺に移してさらに言った。
「本当に一人できたの? 連絡を取ってあげるから、あすこの待合室で暖まってなさい」

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山本一郎

【著者より】  「『大人が読んで、心がゴトゴト動く童話』を紡いでいきたいと思います、パッチを当てて貼り合わせたものではない、縫って繋いだものではない、過去からいまへ繋がる道のりを、穏やかに書き綴りたいのです。  それは、捨てて...もっと読む

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