今はその音楽に対する畏れの感情をないがしろにしなかった。

蒔野と武知のツアーは無事に終わった。
ツアー中には以前とは違う緊張感が蒔野にはあったが、そんな折に彼の演奏を酷評したブログを見つけてしまう。さらにそれにまつわる意外な事実も明らかになり…。

 回を重ねるにつれて、蒔野も尻上がりに調子を上げてゆき、その分、武知とのバランスには気を遣った。彼の個性を受け容れるだけでなく、折々鼓舞し、終演後にも気になる箇所を確認し合った。ラヴェルのピアノ協奏曲のアダージョはプログラム前半の最後に置いて、武知をひたすら盛り上げることに徹したが、休憩時間には、蒔野の柔らかな、それでいて、要所でさりげなく旋律の背中を押すような伴奏の巧さが、却って評判となったりした。

 ツアーが始まった頃、武知は、とある音楽愛好家のブログで、彼らのデュオがクソミソに酷評されるのを見つけて、それを気に病んでいた。

 蒔野も、よせばいいのに自分でも読んでみて、案の定、腹が立った。しかも、内容はどちらかというと、蒔野の悪口の方が多かった。復活したというので久しぶりに聴きに行ってみたが、往年の天才ぶりは見る影もなく、哀れなほどだった。パートナーの武知は何の記憶にも残らない地味なギタリストだが、今の蒔野なら、やむを得ない選択だろう。……云々。

「武知君も、よくわざわざ検索して見るよなあ。お陰で俺まで読んじゃって、しばらくムカムカしてたよ。—ま、感想は感想だから。忘れることだね。気に入ってくれた人もたくさんいるんだから。」

 蒔野はそう笑い飛ばしたが、自分がまた、あのギターの弾けない状態に後戻りしてしまうことを、密かに恐れないでもなかった。

 それから一週間ほどして、ようやくこの話も忘れかけていた頃に、蒔野はグローブの野田から、思いも掛けない事実を告げられた。

「アレ、書いてるの、……ジュピターから来た岡島さんだったんですよ。」

 野田は、以前からそのブログを知っていたらしかった。管理人は大変なクラシック通で、蒔野の批判はともかく、勉強がてらに折々目を通していたが、読んでいると、どうもどこかで耳にしたような話がちらほら混じっている。アマゾンにも同じハンドル・ネームでレビューを書いていて、ブログでも紹介しているが、よくよく見ると、それは蒔野の《この素晴らしき世界》が発売された時に、いの一番に☆一つをつけて、徹底的に扱き下ろしたのと同じ人物だった。

 勿論、それとて「感想は感想」だった。ところが、野田は、たまたま岡島に用事があってそのデスクに足を運んだ際に、件のブログの管理画面が開かれているのを目にしてしまった、というのだった。

 彼は、それを見なかったことには出来ずに、その場で岡島を問い詰めた。社員だからといって、私的なサイトで所属アーティストの悪口を書いてはならないというわけではない。しかし、岡島は、自分でわざわざそのアマゾンのレビューを野田に知らせ、一緒になって憤慨していたはずだった。

「ヒドいじゃないですか、岡島さん。まるで、僕や蒔野さんへの意趣返しみたいに。」

 岡島は、野田の声が聞こえないかのように、ただ顔を真っ赤にして無視していたのだという。そして、一日誰とも口を利かずに過ごした挙げ句、翌日、会社に辞表を出したらしかった。

 蒔野は、呆気にとられて話を聞いていたが、その結末に至っては、深い嘆息を漏らした。

 グローブで、岡島が閑職を不服としているという噂は耳にしていたが、蒔野としても、どうすることも出来なかった。

 その酷評が、すべて恨みから出たとも思わなかったが、後味の悪さはしばらく尾を引いた。せめて武知を慰めるために、蒔野は事情を説明してやったが、人のいい武知は、

「そんなことで辞めなくったっていいのに。」

 と不憫そうな顔をしていた。それでも、少し気が楽になった様子だった。

 蒔野は、舞台に上がる前には、三十分ほど必ず一人にしてもらうことにしていた。

 彼は、以前とは比較にならないくらい緊張するようになっていたが、今はその音楽に対する畏れの感情をないがしろにしなかった。自分が長らく囚われていたあの孤独な静寂から逃れて、今は、観客が持ち寄るささやかな静寂の集まりに包まれているような感覚だった。

 咳一つで簡単に破れてしまうその沈黙を、皆がどうにか繕いながら、始めから終いまで保っている。彼らは積極的に音を放棄し、二人の演奏者に、静寂の使い道を委ねていた。

 自分の音楽を待っていてくれた人々には、強く心を動かされた。そして、自分の音楽の場所を、もう少しで見出せそうな気がしていた。復帰後は、まだ一度もリサイタルを行っておらず、コンサートでも決してソロでは演奏しなかった。

 彼自身も武知の存在を支えとしていた。自分のそうした心境の変化には感慨を抱いたが、それも、武知の実直な演奏家としての姿勢に影響を受けているように感じた。

 公演のプログラムは、ジュリアン・ブリームとジョン・ウィリアムスの編曲によるドビュッシーの《月の光》や、ブローウェルの《トリプティコ》、ピアソラの《タンゴ組曲》など、ギターファンにも馴染みのある曲から、《この素晴らしき世界》にも収録したトッド・ラングレンの《ア・ドリーム・ゴウズ・オン・フォーエヴァー》のようなポップスまで、幅広い内容となっていたが、最終日には殊に、蒔野が自ら編曲した、モーツァルトの弦楽四重奏第十七番《狩》の第四楽章に最も手応えを感じた。

 蒔野の知る限り、ギターデュオでは演奏されたことのない珍しい選曲だったが、彼はその高雅で軽捷な音の着地の仕方を、どうにかものにしたいと思っていた。

 展開部の対位法は非常に精緻で、それをギター二台で効果的に再現するのには骨を折った。武知もしばしば途方に暮れて首を傾げていたが、公演の度に少しずつ楽譜にも手を入れて、最終日には、決定稿と言えるものがどうにか間に合った。

 最後の曲として演奏すると、会場からは、熱気とともに割れんばかりの拍手が起こった。アンコールには三度応じた。長い沈黙の後、再びギターを手にするようになって八カ月ほどが過ぎていた。蒔野はようやく、自分はあの危機を凌ぎきったのだという安堵を舞台上で感じた。終演後のサイン会では、良い表情だったと、申し合わせたように何人かから声を掛けられた。それも、あまり記憶にない、珍しいことだった。

 会場をあとにすると、磐梯熱海のホテルに移動して、この日のためにわざわざ東京から駆けつけたスタッフらを交えて、日付の変わる頃までツアーの打ち上げをした。

(つづく)

平野啓一郎・著 石井正信・画


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