第1回】自らの首を絞める“中央銀行ムラ”の理屈

日銀を取り巻く環境が急変したのは2012年12月16日、安倍晋三総裁率いる自民党が衆議院選挙で大勝してからだ。機動的な財政政策や成長戦略に加えて、「大胆な金融緩和」を3本柱の一つに掲げる安倍政権が、日銀に強く干渉してきたのである。

 それはいかにも不毛なやりとりだった。

 「もう、目標という表現にはこだわっていません」

 1月21~22日に開催された日本銀行の金融政策決定会合。そのおよそ1週間前、そう語ったある日銀幹部の表情はどこかさっぱりとしていた。「デフレ脱却とは一体何を意味するのか、国民的な議論が巻き起こることを期待しています」。幹部はそう心情を吐露した。

 日銀を取り巻く環境が急変したのは2012年12月16日、安倍晋三総裁率いる自民党が衆議院選挙で大勝してからだ。機動的な財政政策や成長戦略に加えて、「大胆な金融緩和」を3本柱の一つに掲げる安倍政権が、日銀に強く干渉してきたのだ。

 安倍首相が長引くデフレからの脱却を図るべく日銀に要求してきたのが、いわゆる「インフレ目標政策」の導入だ。これは、年間のインフレ率について数値目標(または範囲)を設定、中央銀行が金融政策を決定する上で、それを主な目標とする制度のことだ。

 日銀は12年2月、「中長期的な物価安定の目途」という言い方で、当面はこの目途を1%とすると発表。さらには1%が見通せるようになるまで、強力な金融緩和策を実施していくと表明していた。

 ところが、である。安倍首相は、「目途」ではなく「目標」としなければ日銀の説明責任が問われないため、それは「インフレ目標とは呼ばない」と揚げ足を取った。対する日銀も、長らく「目標」という表現だけは使いたくないと必死に抵抗してきた経緯があり、両者の溝はそう簡単に埋まらないとみられていた。

 だが、総選挙での大勝という錦の御旗には抗えず、1月の会合で日銀は「物価安定の目標」という表現に変更。さらには資産買い入れ基金に「無期限方式」を導入、積極的な姿勢を見せる工夫をした。それらだけならまだしも、目標数値も「1%」から、バブル期ですら達成したことのない「2%」への引き上げを余儀なくされたのだ。

 この決定によって「遂に日銀がインフレ目標を導入した」と安倍首相が歓喜していることは想像に難くない。だが、真相は全く違う。

 実は、日銀は以前から“事実上のインフレ目標”を導入している。にもかかわらず、導入したとは認めることができなかったのだ。その背景には、世間の感覚とは半ばズレた、“中央銀行ムラ”特有の理屈がある。

中身より表現にこだわる
“中央銀行ムラ”の理屈

 世界の中央銀行間の常識では、ターゲット(目標)という表現を使うかどうかは「極めて重要」(日銀関係者)。この表現が、「狭義のインフレ目標政策」を彷彿とさせるからだという。

 かつてインフレ目標政策を導入した他の先進国において、短期間で物価目標の達成だけを目指すような厳格な運営がなされたことがある(これを「狭義のインフレ目標政策」と呼ぶ)。

 例えば、資産バブルが起きても物価がターゲットの範囲に収まっていれば、狭義のインフレ目標政策の下ではバブル抑制のための金融引き締めができない。このように金融政策が機械的に行われた結果、経済は安定しなかった。

 しかし、この狭義のインフレ目標政策を採用する先進国は、現在は皆無といっていい。英国やカナダなどがインフレ目標を採用していることになっているが、あくまで「ターゲット」という表現を使っているだけの話(表参照)。実際の政策運営は、狭義のインフレ目標政策とは全く異なる。

 これらの国でも中央銀行は、実際には物価に限らずさまざまな経済指標を考慮して柔軟に政策判断を行っている(連載第2回「インフレ目標は時代遅れ 世界の金融政策運営の実態」参照)。これが、中央銀行ムラで言うところの「フレキシブル・インフレ目標政策」である。

 一方、日本や米国、ユーロ圏の中央銀行では、狭義のインフレ目標政策を導入しているとは認めず、「ターゲット(目標)」という表現を使っていない。

 しかし、日銀は「目途」という表現で1%、FRB(米連邦準備制度理事会)は「goal」が2%、ECB(欧州中央銀行)は「definition」として2%と、表現こそ異なるものの、同様に目標となるインフレ率を設け、似通った政策運営を行っている。つまり、インフレ目標導入を認めていようといまいと、今や世界の金融政策の運営方法は「フレキシブル・インフレ目標政策」が主流なのだ。

 日銀の場合、「目途」という表現を使う以前の06年から、中長期的な物価安定の「理解」という言い方で目標数値を示してきた(表参照)。これが「目途」や「目標」に変わったところで、政策運営方針が大きく変わるわけではあるまい。安倍首相の言う「説明責任」も、表現がどうであれ問われることに変わりはない。

 それでも日銀がわかりにくい表現を長らく使い、「目標」という表現だけは嫌がってきたのは、「日本では依然、狭義のインフレ目標政策が常識との誤解が蔓延していたからだ」と日銀は主張する。

 だが、そのような中央銀行ムラの理屈をこねくり回したために、却って自らの首を絞めることになった。政治から「わかりにくい」と揚げ足を取られ、結局は独自に政策を決められない“機械的な政策運営”に追い込まれたように映るからだ。

 誤解を恐れずに言えば、表現がどうであれ、それは国民の大半にとってはどうでもいい話。過去15年にわたってデフレが続き、「物価安定」という実績を長らく出せていないのに、目標とは言いたくないと主張し続ければ、「単なる責任逃れでは」(政府関係者)と国民や政府が感じるのも無理はない。

 そのツケは小さくない。これまで世界に類を見ないほど金融緩和をしてきたのに、「小出し」と批判され、さらには景気の下振れリスクが認められない時も、政治から要求される度に、弊害の大きい国債購入に追い込まれてきた。

政治との対話不足で
陥った“落とし穴”

 今回の“2%満額回答”もそうである。その背景について、ある日銀関係者は「日銀法の改正によって総裁の解任権が政府に付与され、中央銀行の独立性が損なわれることを恐れた」と明かす。

 国民の人気取りのために建設国債の大量発行を明言し、同時に日銀法改正という刃を振りかざして国債購入を日銀に迫る安倍首相の言動には、あきれるほかない。

 ただ、長らくゼロ金利が続く中、金融政策だけでは景気浮揚の効果は不確実だと説明してきた日銀の白川方明総裁は、1月22日の会見で、「しかし政府が協力してくれればその限りではない」との見方を強調した。

 ならば、なぜ日銀側からこれまで政府に協力を要請することをしなかったのか。日銀は「権限がない」と答えるばかりだったが、それは独立性を盾にした“閉じこもり”ではなかったか。揚げ句、政治に言われなければ動かない姿をまたも露呈し、2%という非現実的な目標を掲げてしまった。

 この期に及んで1月の会合では、またも目標の表現について揉めたようだ。だが、最後に白川総裁はこう意見したという。

 「もうこんな議論とは決別したい。個人的には、できればシンプルに“ターゲット”としたい」

 議場から失笑が漏れた。

安倍首相とは違い、"一国の主"に対し尊敬の念を持って話す麻生太郎財務相(右)とは、白川総裁も気が合うようだ。Photo:REUTERS/アフロ

週刊ダイヤモンド

この連載について

日銀陥落【1】~安倍政権の危険なギャンブル 要求丸呑みの“舞台裏”

週刊ダイヤモンド

1月22日、日本銀行が安倍政権の要求を丸呑みする形で、2%の“インフレ目標”を導入した。「2%」とは実現可能な数値なのか。はたして日銀は、政府の要求を何でも聞くようになったのか。日銀陥落の真相に迫る。本誌・新井美江子、池田光史、中村正...もっと読む

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bullzilian 150円でまとめ読みなう。さーせん。 5年以上前 replyretweetfavorite