笑いのカイブツ

ヤクザとクソとゴミ

吉本の劇場の構成作家になれたのに、クビを言い渡されたツチヤタカユキさん。恩人である劇場支配人へもうまく言葉を伝えることができません。途方に暮れて、難波の街をさまようのでした。
他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん、二七歳、童貞、無職。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。

僕は、舞台監督に呼び出され、こんな最後通告を突きつけられた。

「お前、もう劇場におっても、意味ないで? 辞めるんやったら早よ辞めろよ。劇場に入りたがってる奴、いっぱいおるし」

それは遠回しなクビ宣告だった。劇場に入って、わずか3ヶ月だった。

僕が何をしたって言うんだ? 当時の僕には、意味が分からなかった。

僕は、お笑いの世界から、排除されなきゃならないような人間なのか? 誰よりも笑いに、狂って来たのに。

クビ宣告を無視して、次の日も僕は、劇場に行った。

いつものように劇場に入ると、全員が僕を、亡霊を見るような顔で見た。

劇場スタッフの人達に挨拶をするも、あからさまに無視され、誰一人、口を聞いてくれない。

しばらくして現れた社員さんが、僕をゴミを見るような目で睨みつけ、こう言った。

「お前、何やってんねん? もう部外者やねんから、入って来たらあかんやん? ほら! もう出て行け」

頭の中で鈍い轟音が響いた。

それは、ずっと、こめかみに突き付けられていた、見えないピストルから、銃弾が放たれた時の音だった。

笑いを創るために、何を言われても我慢した。笑いのためなら、どんな扱いにだって、耐えられた。僕は笑いを創るために、吉本に入ったのに。

蓋を開けてみれば、笑いなどそっちのけで、小学生がやるような次元の低いクソみたいなイジメを、いい大人に寄ってたかってしかけられた。

いいか、お前ら? 僕を潰したければ、才能で潰せ。笑いに生きる端くれなら、「この人に笑いで勝てない」と思わせて、笑いの世界から足を洗わせてみろ。

僕は心のなかで叫んだ。実際にはただ黙って立ち尽くしているだけだったけれど。

あんな潰し方を肯定するようなら、ここに残る理由なんかないと思った。

劇場から出て、しばらく難波の街をさまよった。春は終わり、街は少しづつ夏になり変わろうとしていた。

これから何をしたらいいのか、まったく分からず、途方に暮れた。

あれだけ努力して来たのに、毎日2000個ボケて、ケータイ大喜利のレジェンドになったのに、毎日劇場のために15本新ネタを書いたのに。

僕の部屋は、気付けばネタを書き連ねたノートの山が、タワーみたいに積み上がっていき、それはいつの間にか、僕の身長を追い越していた。

でも、僕はお笑いの世界から、足蹴にされた。

ずっとお笑いのことしか、考えて来なかったのに。お笑いの世界に、いれなくなるなんて。


もうこの世の何処にも、僕の居場所なんて、あるはずがないんだと、街をさまよいながら僕は思った。

僕はもう、死ぬしかないんだ。


気づけば辺りは夜になっていて、無一文だった僕は、歩き疲れて、路地裏に入り、そこに寝転がった。

そのままそこで、死のうと思っていた。

しばらくすると、革靴が2つ僕の視界に入ってきて、それがどんどん僕の方に近づいてきた。

「おい! 何しとんねん!」

目を上げると、スーツを着た男が軽蔑した眼差しで、僕を睨みつけていた。

「お前、そんなとこで何やっとんねん!」

ホストという人種と話すのは、この時が始めてだった。

「うっさい!  寝とんのじゃ!」と僕は男にキレた。

「こんなとこで寝られたら営業妨害じゃ!」

営業妨害? ホストの後方に目をやると、ホストクラブがあるのが見えた。

「うっさいボケー! 店の入り口を塞いでるワケちゃうねんから、営業妨害ちゃうやろが!」

「どっか行け! 言うとるやろ!」

「お前らがどっか行け!」

僕がそう叫ぶと、ホストは呆れた表情を浮かべながら、店の中に引っ込んで行った。

「勝った!」と思った。

しかし、喜んだのも束の間、すぐに入れ替わるように、店の中から、見るからにヤクザが出て来た。

「おい、ガキ」と言う男の腕には、おどろおどろしい刺青が入っていた。

「何、調子乗っとんねん! 早よ、どっか行け!」

僕はもう、死ぬしかないんだ。こうなったら、ヤケクソだと思った。ヤクザに殺される終わり方なら、かなりカッコ良い死に方だと思った僕は、こう叫んだ。

「嫌じゃー!」

「おい! 調子乗んなよ! ガキ! 早よ、どっか行け!」

「うっさい! お前なんか怖くないわ! 何や、その変な刺青? そんなんでビビると思ってんのか?! 頭悪いのう!」

男はしばらく沈黙した。そして、おもむろにポケットに手を入れた。

僕はゆっくりと生唾を飲み込んだ。

男は無表情に札束を取り出すと、その中から、二千円を僕に差し出して、こう言った。

「……これでネットカフェでも行け」

予想もつかなかったヤクザのこの行動に、条件反射的に僕は、二千円を受け取ってしまい、「あ……、ありがとうございます……」と言って、よたよたしながら立ち去った。

僕はその直後に、思い知ることになるのだった。

恐怖心という物は、少し遅れてやって来る物だということを。

握りしめた二千円が、手の中の汗を吸い上げていくのを感じながら、ようやく僕の心臓が爆音で鳴り始め、それに加えて足が震え始めた。

真夜中の難波をさまよいながら、足の震えは次第に激しさを増していき、僕はとうとうまともに、歩くことすらできなくなり、道端に膝から崩れ落ちた。

そしてこう思った。

「あそこで金を受け取るのって、めっちゃカッコ悪いことなんちゃうん?」

後日、僕は劇場支配人に呼び出され、辞めた理由を問いただされた。

当時はそれを、言葉にする術も、伝える勇気も、僕は持ち合わせていなかった。

今では伝えるべきだったと、思っている。

あの人はそれを聞くために、僕に何度も電話を掛けて来てくれたり、わざわざ時間を作って、僕を呼び出してくれていた。

僕を吉本に入れてくれた人、僕の笑いを認めてくれた人、僕に才能があると信じてくれた人なのだから。

だけど、僕はただただ「すいません」としか言えなかった。

言葉には出来なかったけど、その時、自分の頭の中で、劇場支配人に向けて、たくさんの言葉をしゃべっていた。

本当に僕が伝えたかったことはこんな風だった。

「ずっと本物の笑いに、触れて来られたアナタに、才能を認めて頂き、劇場に入れて頂けたことを、心からありがたく思っています。と同時に、何もできず、この劇場を去ることを、心から申し訳なく思います。

芸人さんは皆、僕に優しくして下さりました。心をいつも暖かくしてくれるような人達ばかりでした。劇場スタッフはみな、僕をゴミ扱いして来ました。死にたい気分にさせてくるような人達ばかりでした。

僕はその経験から、あることに気づきました。

おもしろい芸人さんであればあるほど、良い人達ばかりで、つまらない人ほど、嫌な人間ばかりだということに、僕は気づきました。

僕はつまらない人達に嫌われていました。僕を嫌うのは、いつもつまらない人達ばかりでした。

僕はおもしろい人達に、たくさん優しくして頂けました。僕に優しくしてくれるのは、いつもおもしろい人達ばかりでした。

アナタもその中の一人です。アナタはとても優しい人です。だから、アナタはきっと、おもしろい人です。劇場支配人がアナタのような人で、本当にうれしいです。アナタのような存在は、お笑い界に必要です。アナタのような人がいることによって、救われる人は、たくさんいると思います。

これからもお笑い界のために、本当におもしろい人を、救ってあげて下さい。

本当に大切なことを、勉強させて頂きました。一番大切なことに、気付かせて頂きました。ここで終わりにはしません。これはリタイアではありません。僕はこれまで通り、笑いに狂って生きていきます。これからも僕は、お笑いを続けます。僕の笑いを、この世界に放ち続けます。

ここから排除されるくらい、僕はイカレた人間です。ならばひたすら狂乱し、異端の道を行くだけです。

これから僕は、見えない真っ暗な方へ行きます。そこに道を残そうと思います。

理想とする死に方は、笑いに狂い、発狂し、狂死することです。僕は自分の生き方の終着点を、そこに定めました。

そんな風に生きて、いつか必ず、僕もアナタのように、この人がお笑いの世界に居てくれてうれしいと、誰かに思って頂けるような、そんな存在になれるように、これからも日々、精進して参ります。

今までお世話になりました。本当にありがとう御座いました。」

頭の中では、こんなにたくさんしゃべっているのに、結局言えたのは「すいません」の一言だけだった。

それだけしか言えず、僕は吉本の劇場を後にした。

僕は、悔しさの余り、自分の下唇を、血が出る程、強く噛み締めていた。

僕はもうその時点で、お笑いを辞められない地点に、到達していた。

辞めてもまともな人間には、もう戻れないことを知っていた。

僕はもう手遅れだった。僕は一線を超えていた。

全部あの頃のせいだ。

凡人にとって、お笑いの能力はすべて等価交換でしか手に入らない。

友人を失い、フリーターになり、無職になり、すべての時間、すべての思考、すべての想像力を、笑いへ等価交換し続けた結果、僕は一般社会では、到底生きていけるとは思えないくらいの、欠落人間になっていた。社会的にはゴミだ。

単純に人に対して、普通にしゃべることができなくなっていた。服装もむとんちゃく、飯なんてなんでもいい、風呂だってどっちでもいい。 お笑いに関係のないものは、すべて時間の無駄だと思っていた。

それは笑えるのか笑えないのか、ネタになるのか、ならないのか。それだけしか眼中になかった。家族も友人も異性も仕事も金も、なにひとつ大事じゃなかった。自分の命すら軽んじていた。

その頃の僕にとって、お笑いをやるということは、人間である部分をお笑いで塗り潰し、人間の部分をお笑いで上書きしていく作業のようだった。すべてを笑いで上書きすれば、必ず売れると信じていた。

ギリギリ外側だけが人間の形を保っているだけで、中身は完全に破綻している、人間の失敗作になってしまったような気分だった。

僕はお笑いに、のめり込みすぎていた。それなのに結果につながらなかった、つなげられなかった。自分を見失ってしまい、これからどうしたらいいのか分からず、途方に暮れていた。

ダメなら、21歳で自殺しようと決めていた。初志貫徹するなら、もう既に、死んでいなければならない人間だった。

しかし、いざその時が来たら、僕はこう思ったのだった。

「こんな形で終わらせてたまるか」

自分へ、世界へ、怒りがいつまでも消えない。

気づけば、鉄の味がした。悔しさの余り、自分の下唇を噛み続けていた。

「死ぬまでこの魂を、お笑いにぶつけ続けてやる。今に見てろ。跡形もなくなるまで、この魂を、燃やし尽くしてから死んでやる」

僕はそのまま、ハガキ職人になった。

西暦は2010年で、年齢は22歳だった。


次回「二七歳、童貞、無職、全財産0円。誰か、僕を、車で轢き殺してくれないか?」は12/28更新予定


カイブツへの手紙などが読める公式サイト、できました。


『笑いのカイブツ』2/16 公式

出版社からの書籍化希望が殺到した青春私小説の傑作。cakesの連載を大幅に加筆し、ついに書籍化!

笑いのカイブツ

ツチヤ タカユキ
文藝春秋
2017-02-16

この連載について

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笑いのカイブツ

ツチヤタカユキ

他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん、二七歳、童貞、無職。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。人間であることをはみ出してしまった「カイブツ」はどこへ行くのでし...もっと読む

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コメント

haruukonjk まず人間の失敗作なんてないから。そしてツチヤタカユキの12年は等価交換で人生を削った過去ではないとおもう、実のところその経験はでかいレバレッジをきかせながら後々響いてくるだろう。絶対。 約4年前 replyretweetfavorite

416rpm 「凡人にとって、お笑いの能力はすべて等価交換でしか手に入らない。」 4年以上前 replyretweetfavorite

tsukyasa 次くらいからオードリー若林さんの目に止まるのかな。やはり才能がある人を見かけたらプロは放っておかないんだろうな。ある意味必然に思える。 4年以上前 replyretweetfavorite

RayShibusawa 伝説のハガキ職人の話の続きェ…… 4年以上前 replyretweetfavorite