僕はお笑い以外に、やりたいことなんか何もなかった。
そして、自分が死ぬと決めていた21歳まで、あと6年間しか残された時間がなかった。
21歳といえば、シド・ヴィシャスが死んだ年齢と同じ年齢である。
シド・ヴィシャスの刹那的な生き方に、15歳の頃からずっと憧れを抱いていた僕は、21歳で死ぬつもりで生きてきた。だから、やっと本気になろうと覚悟した僕は、それこそ死に物狂いで泳いだ。脳みその中の海を。
高一のときから狂ったように投稿を始め、そのまま高校を卒業するまで、ケータイ大喜利に何百個もボケを送ったが、一度も読まれる事はなかった。
読まれないという敗北を味わうたびに、僕は少しでも正解に近づくために、様々なスタイルを次から次へと試していった。
最も効果的だったのが、キッチンタイマーでカウントをとりながらボケを出しまくるというスタイルで、最初は1分1個ペースだったボケる速度が、どんどん上がっていくのを肌で感じた。
次第に僕は、一日に出すボケのノルマを、ボケるスピードの向上と共にどんどん増やしていき、100個だったノルマを、500個に増やした。
ちょっと意味が分からないかもしれない。手元に12年前のノートが残っていた。15歳ぐらいの僕の壊れたボケはこんな感じだ。
お題【お色直しを終えた花嫁を見て、全員ドン引き。どんな格好で出てきた?】
答え「全身、じかにウェディングドレスのタトゥー」
お題【試合終了後もマスクを外そうとしないキャッチャー。その理由とは?】
答え「中で飼っている蝶々が逃げるから」
お題【モアイが向いている方向の先には何がある?】
答え「変態達にもてあそばれている、自分の首から下の部分」
お題【芝刈り機のセールスマンが言ったとんでもない一言とは?】
答え「私も元々は、この芝刈り機でした」
お題【「つくってあそぼ」の最終回で、わくわくさんが作ったとんでもない物とは?】
答え「ゴロリを閉じ込めておくための牢獄」
お題【イルカショーのお姉さんが言ったとんでもない一言とは?】
答え「私は現在、このイルカの子を身ごもっています」
お題【世界一アホな会社の給料の渡し方。どんな渡し方?】
答え「千本ノックの要領で、一円ずつバットで飛ばしてくる」
お題【アメリカの初代大統領は一体どんな方法で決められた?】
答え「ふりむきざまの笑顔」
お題【ウルトラマンが絶対に倒せない怪獣を考えて下さい】
答え「円谷プロ倒産に追い込み星人」
お題【完全自殺マニュアルの対義語は?】
答え「愛情の詰まった母子手帳」
お題【ブサイクな人を、オシャレな言い方に変えて下さい】
答え「君の瞳に嫌がらせ」
お題【こいつNASA出身やな。なぜそう思った?】
答え「話し出す前に必ず『ヒューストン』をつける」
お題【アシンメトリーだったら嫌なもの】
答え「出目金の目の大きさ」
お題【「男湯と女湯をへだてる壁」を英語に訳せ】
答え「ファイナルファンタジー」
お題【俺このピザ屋のバイト辞めよう。なぜそう思った?】
答え「ピザを焼くかまどの中に、入れよう入れようとしてくる」
お題【トラックの運転手の職業病を教えて下さい】
答え「ついつい上から目線で、物事を見てしまう」
お題【新発売されたものすごい殺虫剤。その商品名とは?】
答え「虫卒」
お題【首長族が首を伸ばす理由とは?】
答え「飛んでる状態の鳥を食べたい」
お題【大人向けのディズニーランド。その特徴とは?】
答え「シンデレラ城の中から、常に聞こえるあえぎ声」
お題【エッフェル塔。エッフェルを和訳するとどういう意味?】
答え「牛乳屋さんが作った」
お題【節分の日に鬼がやって来る理由とは?】
答え「今年こそは人間界に、自然と溶け込めるかを試しにくる」
お題【「世界中に44人もいるの?」何が44人もいる?】
答え「本気出したら仮面ライダーに勝てるショッカー」
お題【「こちらつまらない物ですが」と渡したら失礼になる物とは?】
答え「生まれたての赤ちゃんを母親に」
お題【仮眠が取れないことで有名な仮眠室。どんな仮眠室?】
答え「番組中にボッシュートされたスーパー仁志くん人形が、上からガンガン降ってくる」
お題【風呂上がりの直後に、他人からされたら嫌な事、第1位は?】
答え「魚拓を取るのを手伝わされる」
お題【たれぱんだにある事をすると、シャキッとするそうです。そのある事とは何?】
答え「耳元で、中国に送り返したろか?と言う」
お題【こんなシャワーは嫌だ】
答え「一日一滴」
お題【ヤクザが引退を決意する時は、どんな時?】
答え「子どもたちがめっちゃ寄ってくる」
お題【将来キャッチャーになりたいのが丸出しの子ども。どんな子ども?】
答え「ずっとランドセルを前につけている」
お題【「絶対絶命とはこの事や!」どんな状況?】
答え「自分が殺人事件を犯した現場に、コナン、古畑、金田一」
こんな調子で毎日ボケ続けた。一日に500個のボケのノルマをこなすことだけを考えて過ごしながら、月日は過ぎた。
◆
その時のことはよく覚えている。西暦2007年、僕の年齢は19歳だった。
僕はうれしさのあまり、家を飛び出し、真夜中の街を走りながら、生まれて初めて、この世界と繋がれたような感覚を味わった。
しかし、そこからまた読まれない日々が続いた。
毎週土曜日の深夜、数百のボケを送りながら、読まれなかったという現実を突き付けられるたびに、「お前なんか全然おもしろくないから、今すぐにお笑いから足を洗え」と言われているような感覚になった。
それから半年間、投稿を続けたが、僕のボケは一度も読まれることはなかった。
その状況を変えたくて、20歳のとき、一日に出すボケ数のノルマを、500個から1000個に増やした。自分で自分を少しずつ、破壊しているような感じがした。
起きている間は、どこにいても大喜利をしていた。当時僕は、ヨーグルトの販売契約を取る営業のアルバイトをしていた。そのバイトに向かう電車の中。バイトの休憩中。帰りの電車の中。バイト中も、バレないように、大喜利をやっていた。たまにバレて、怒られたりした。
とにかく全部の隙間を、大喜利で埋めた。
そしたら、二度目の歓喜の瞬間がやって来た。スタジオ全体に爆笑が起きた。二段になった。
「こんなところで止まってたまるか!」と思った。
僕はもっと、加速したかった。21歳で死ぬつもりで生きていた。
次第にアルバイトという行為は、時間の空費だと感じるようになった。すべての時間を大喜利に費やしたいと思うようになり、そのままバイトを辞め、僕は実家にいながら無職になった。
こうして家族の冷たい目線をまるっきり無視し、すべての時間を大喜利に費やせる状況を作り出した僕は、一日に出すボケ数のノルマを1000個から2000個に増やした。
朝から晩まで、机にかじりついて、自分でお題を考えて自分で答え続けていた。ノート一冊を一日で使い切るくらい大喜利をした。
とにかく、もっともっと加速したかった。誰よりも濃く、光の速さで生きて、一瞬で消えて行きたかった。
だけど、そんな気持ちとは裏腹に、いつもボケが1500個を超えたあたりで、誰かに殴られているみたいに、頭がガンガンして、死にたい気分になった。
加速したい気持ちに、脳と身体が全然ついて来れていなかった。それでも毎日、ノルマの2000個に到達するまで、僕は絶対に、全力疾走をやめなかった。
三段に昇格した頃、大喜利はさらに加速度を増していき、その頃には5秒に1個ペースで、ボケが出せるようになっていた。1つのお題につき、少なくても30個。多い時は300個ボケを送った。
僕はすぐに、四段に昇格した。
布団の上に倒れ込む。
その頃いつも、朝目が覚めると、頭がキャラメルの塊になったみたいに、ぼーっとしていた。そうなると、いつも僕は、壁に自分の頭をガンガン打ち付けていた。そうすれば大喜利が出来る脳の状態に、すぐに戻るような気がしていた。
ある朝、しばらくの間、壁に頭を打ちつけ続けた。額が裂けて、そこから血がどくどくと垂れて来た。生温かい血にまみれながら、僕はその瞬間、間違いなく一人の人間として死んだと思った。
それが、僕が人間をはみ出した瞬間であり、カイブツが生まれた瞬間だった。
◆
夏が終わり秋が訪れた頃、五段に昇格した僕は、母からこんなことを言われた。
「あんた、いつまでも遊んでんと……。ちゃんと働きって、みな言うてたで」
僕が無職であることを、みなが陰で悪く言っていたらしい。
聞いた瞬間、僕はキレて「直接、オレに言わんで良かったな! もし直接、オレに言ってたら、全員殺してたわ!」と叫び、家の壁が凹むまで何度もそこを殴った。
母は泣きながら僕に「アンタのやってる事なんか、普通の人には理解でけへんって!」と言った。人間からはみ出した僕を、必死で人間に戻そうとしているみたいだった。
でもカイブツが目覚めたての僕は、その声を疎ましくしか感じなかった。
「普通の人」になんか、理解されなくてもいい。理解はしなくてもいいから、邪魔だけはされたくない。僕は、誰よりも濃く、光の速さで生きて、一瞬で消えて行こうとしているんだ。
21歳まで残り2年しかない。普通の人間と一緒にするな。残された時間は60年じゃない。わずか2年だ。そのつもりで全力疾走してやる。
ほどなく六段に昇格した頃、自分の思い出や記憶が、どんどん抜け落ちていってるような気がしてならなかった。
今日何を食べたのか? 今日僕は、風呂に入ったのか? そんな事さえ、思い出せなくなった。頭の中をいくら探し回っても、そこには、お笑いに関するデータしかない。
完全に自分が、人間じゃなくなったような気がしていた。ただひたすらボケを生産する工場になったような感覚。自分はただの工場で、毎日ボケを大量生産するためだけに存在しているような感じがした。
七段になる頃には、大喜利をしている時にしか、生きているって感じがしなくなっていた。今ではそれをしていないと、気持ち悪くて落ち着かない。
もしかしたら僕はもう、完全にどっかが、壊れてしまったのかもしれないと、その時に思った。でも、ちょうどいいと思った。どうせもうすぐ死ぬんだから。
そしてとうとう21歳になった頃、僕はようやくすべてを捨ててまで切望した、レジェンドになった。
なった瞬間は、うれしいというより安堵したという感じだった。もっとうれしいかと思っていたけど、「何だこんなもんか」と思った。
なりたかった自分に、なれたはずなのに、一生懸命努力して、目標を達成したはずなのに、なぜだか分からないけど、大事な何かを失くしたみたいに、虚しくて仕方がなかった。
そういえば、死ぬことは忘れていた。
次回「今までオレがどんだけ、笑いに狂って生きて来たと思っとんねん」は12/21更新予定