プリティ・ガールズ

リックとは薬物依存者の会で出会った

弁護士で州の上院議員を夫に持つペネロープに捕まってしまったリディア。シングルマザーであるリディアに、執拗に娘・ディーの父親のことを聞いてくるペネロープに、リディアはどう答えたのか?


プリティ・ガールズ 上(ハーパーBOOKS)

「そうだ」ペネロープは自分の腿をぴしゃりと叩いて、リディアに向き直った。「協力してもらいたいことがあって」

「な、なにかしら」リディアはおののいて言った。これがペネロープの人を巻きこむやり方だ。あれをしろ、これをしろとは言わない。協力が必要なのと言うのだ。

「来月の国際フェスティバルのことなんだけど」

「国際フェスティバル?」リディアは訊き返した。ドルチェ・アンド・ガッバーナを着こんだノースアトランタの白人男女が集まって、子どもたちのナニーにつくらせたポーランド料理のピエロギやスウェーデン風ミートボールを試食する、一週間にわたる資金集めのイベントのことなど聞いたこともないというように。

「関連のメールを全部再送するわね」とペネロープ。「とにかく、あなたにスペイン料理をつくってもらえないかと思って。“アロス・ネグロ”とか、“トルティージャ”とか、“クチフリトス”とか」ペネロープは料理名を完璧なスペイン語のアクセントで発音した。

 きっとプール係の男の子から教わったのだろう。「去年夫と“カタローニャ”に旅行したとき“エスカリヴァーダ”を食べたの。すっごくおいしかったわ」

 リディアは四年間、このセリフを口にするのを待っていた。「わたしはスペイン系じゃないの」

「そうなの?」ペネロープは少しもひるまなかった。「じゃあ“タコス”は? “ブリトー”でもいいわ。“アロス・コン・ポーヨ”や“バルバコア”は?」

「“メキシコ”系でもないわ」

「あら、リックがご主人じゃないのはわかってるけど、あなたは名字がデルガードだからディーのお父さんは—」

「ペネロープ、ディーがヒスパニックに見える?」

 彼女の耳をつんざくような甲高い笑い声はガラスをも粉々にできそうだった。「それってどういう意味? “ヒスパニックに見える”って。あなたってほんとうにおもしろいわね、リディア」

 リディアも笑ったが、まったく別の理由からだった。

「やれやれ」ペネロープは見えない涙を目からぬぐった。「でも教えて、どんなストーリーなの?」

「ストーリー?」

「やだ、とぼけないで! ディーのお父さんのことはあなた絶対しゃべらないじゃない。それにあなた自身のことも。わたしたちはほとんどあなたたちのことを知らないのよ」そう言って、ぐっと身を寄せてくる。「話しちゃいなさいよ。だれにも言わないわ」

 リディアは頭のなかで素早く損得勘定をした。ディーの遺伝的背景がはっきりしないせいで得をするのは、マザーたちが人種的偏見に関わることを口にするたびにすくみあがらせてやれること、損をするのはPTOの資金集めイベントに参加しなければならなくなることだ。

 難しい選択だ。彼女たちの人種的偏見は伝説的だから。

「言っちゃいなさいよ」ペネロープは弱みを察してせっついてきた。

「実はね」リディアは深く息を吸って、自分の人生の物語をでっちあげようとした。嘘を混ぜ、事実を引っこめ、脚色を加え、それを全部シェイクする。

「わたしはジョージア州アセンズの出身よ。ディーの父親ロイドはサウスダコタの出身」というかサウスミシシッピだけど、ダコタのほうがまだましだ。「デルガードは彼の継父の名前なの」自分の不利になる証言を強要されないというだけの理由で彼のお母さんと結婚した男だけど。「そのお父さんが亡くなってね」刑務所で。「ロイドはそれをメキシコの祖父母のところに伝えに向かう途中で」ほんとうは二十キロのコカインを受けとるために。

「トラックに車をぶつけられたの」休憩所でコカイン五百グラムを吸っている最中に死んでいたのが見つかったんだけどね。「あっという間だったわ」ゲロに息を詰まらせて死んだのよ。「ディーは顔も見たことがないの」わたしが娘にしてあげた最高の贈り物よ。

「リディア」ペネロープは口元に手を当てた。「知らなかったわ」

 どのくらいでこの話が広まるだろうとリディアは考えた。

「リディア・デルガード! 悲劇の未亡人! ロイドのお母さまはどうなったの?」

「がんよ」ヒモの男に頭を撃ち抜かれたの。「父方の親戚はだれも残っていないわ」刑務所に入っていない人間はね。

「かわいそうに」今度は胸に手を当てる。「ディーはなにも言ってなかったわ」

「あの子も全部知ってる」悪夢にうなされそうな部分以外は。

 ペネロープはバスケットボールのコートに目を向けた。「あなたがこれほど過保護になるのも無理ないわね。ご主人が残してくれたのはディーだけだもの」

「そうね」ヘルペスを勘定に入れなければ。「彼が死んだときディーはまだお腹のなかにいたの」体内でドラッグが見つかったら取りあげられてしまうとわかっていたから恐ろしい解毒療法をやったわ。「あの子がいてほんとうによかった」ディーがわたしを救ってくれたのだ。

「ああ、リディア」ペネロープに手をつかまれ、すべては無駄に終わったとリディアはがっくりした。ペネロープは心を動かされ—少なくとも興味を覚えたようだったが、彼女は任務をもってここにやってきたのであって、その任務はだれかに引き渡すことになっているのだ。「でも、ほら、やっぱりそれはディーの受け継いだものの一部でしょう? だって、ステップファミリーも家族にはちがいないもの。この学校でも三十一人の子が養子だけれど、それでも彼らのルーツは変わらないわ!」

 リディアはこの言葉を理解するのに一瞬を要した。「三十一? サーティ・ワンの三十一?」

「わかってる」ペネロープはリディアのショックを額面どおりに受けとった。「ハリス家の双子が幼稚園に入ったばかりなの。あの子たちが発生源よ」そこで声をひそめた。「シラミの発生源、噂を信じるならね」

 リディアは口を開いたが、すぐに閉じた。

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カリン スローター
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カリン・スローター

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