笑いのカイブツ

ケータイ大喜利のレジェンドになるか、死ぬか。

他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん、二七歳、童貞、無職。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。人間であることをはみ出してしまった「カイブツ」はどこへ行くのでしょうか。

あんなにヤバい酒を飲んだのは、生まれて初めてだった。

なんて名前の酒だったのかは覚えていない。

その酒を二回目に一気した瞬間に、僕の記憶は飛んだ。

次に意識を取り戻した時、僕はトイレの中で吐きまくっていた。

このトイレは一体、どこのトイレなんだろう? 何一つ思い出せなかった。

しばらくしてそこが女子トイレの中だと気付き、慌ててトイレから出る。

そこはネットカフェの店内だった。

僕がいたのは、入った覚えのないネットカフェのトイレの中だった。

外に出ると、そこは難波の繁華街だった。

相変わらず、 難波の街の空気は、 腐り切っていた。

酒を飲み過ぎて、 ずっと手が震えていて、 脳がサイダーの海の中に、 漬かっているみたいな感じがした。

昨日のことを必死で思い出そうとする。

知り合いに無理矢理、 オカマバーに連れて行かれたところまでを、うっすらと思い出した。

そのオカマバーの店内は、 映画『時計じかけのオレンジ』で、アレックス達がたまり場にしている、あのコロヴァ・ミルク・バーみたいな感じだった。

そこに入ると、 女装した関口メンディーのようなオカマが僕達の席に着き、 「胸、触ってー」と言ってきたので2人で触った。

そのDカップぐらいある胸は、ラグビーボールみたいに硬かった。

深夜12時になると、ステージでショーが始まる。 キラキラとしたドレスを着たオカマ達がダンスを踊り出す。

それが終わると、コントが始まった。

それは『アナと雪の女王』をモチーフにしたコント。エルサの格好をしたオカマが、もう一人のオカマに、「アナルに挿れさせてくれ」とひたすら頼み続けるという、『アナルと雪の女王』というコントだった。

こんな酷いコントをやって、ディズニーに訴えられないのか、心配になった。

それから再び、ダンスが始まり、その後、またコントが始まった。

そのコントも、ここに書けないくらい酷い内容だった。

それからも、そのショーは何だかんだで、40分も続いた。 その店に居た酔っ払い達には、大ウケだった。

笑いにはその場に応じた、「最大公約数の笑い」がある。僕が目撃したのは、オカマバーにおける最大公約数の笑いだった。

しかし、僕にとってそれはまるで拷問みたいだった。場に馴染めなかった僕にしてみれば、それは単に今まで見て来た笑いの中で、最もレベルの低いコントばかりだったからだ。

拷問みたいに感じたのはもう一つ理由がある。

そのオカマバーには、本当に綺麗なニューハーフ達がたくさんいた。性別という枠をぶっ壊して、 美しさを獲得したその姿を見て、 想像を絶する努力と、 圧倒的な凄みを感じた。

僕は、この世には2種類の人間がいると思っている。

生まれた時に決定されたもので、 そのまま生きて死ぬ人間と、 生まれた時に決定されたものを、 覆して生きる人間だ。

僕はそのオカマバーで、 それを覆した人間をたくさん見て、 心を何度もしばき回され、 圧倒的に負けていると思った。

僕が思う人間の価値は、 人間からはみ出した回数で決まると思っている。 そして僕は、その回数で圧倒的に負けていた。

僕が人間であることをはみ出したのは、 人生でたった一度だけしかなかった。

僕が人間をはみ出した時、 カイブツが生まれた瞬間。

僕には元々、お笑いの才能など、まったくなかった。

無論、お笑いの世界を目指す資格なんて、自分にはないと思っていた。

当時の僕が、最も得意としていたことがコントのネタを作る事で、最も苦手としていたのが大喜利だった。

NHKでケータイ大喜利という番組が始まったのは、丁度その頃で、僕は確か15歳だったと思う。

お題【このお天気キャスターのお姉さん、「やる気ないなー」。何をした?】

こんなお題に対して、当時、一回の放送でだいたい30万件くらいの投稿があり、その中から読まれる作品が30個しかない。真面目にやると、まさに自殺したくなるくらい読まれる確率が低い、ただの拷問みたいな番組だった。

そして、読まれたネタが「アンテナ三本」、つまり審査員の最高評価をもらえれば、一段ずつ段位が上がる。初段、二段、三段と合計八回それを繰り返せば、「レジェンド」という称号が与えられ、殿堂入りする事ができる。

もしもこの番組で、大喜利が苦手な僕がレジェンドになることできたら、その瞬間に、「才能は努力でカバーできるという事の証明になるのではないか?」と思った。

もしもレジェンドになれたら、才能がない僕も、お笑いのプロを目指すことが許されるような気がした。

高校1年のとき、レジェンドになると決意した。

まず最初にやったのは、番組で紹介されたネタをすべてノートに書き起こし、笑いのパターンを分析することだ。するとどのネタもだいたい13個のパターンに分類できることがわかった。

それからは自分が考えたお題に対して、その13個のパターンに当てはめたボケをひたすら出し続けた。家でも学校でも、延々とそれを繰り返した。

最初の頃は、ボケを考えようとすると、頭の中で水に溺れていくような感覚になり、苦しくて仕方がなかった。 お笑いは大好きで、すでにマニアの自覚はあったが、大喜利はとても苦手だったのだ。

だけど、お笑い以外に、やりたいことなんか何もなかったし、僕は自分が死ぬと決めていた21歳まで、あと6年間しか残された時間がなかった。


次回「日々2000個のボケと空っぽのレジェンド」は12/17更新予定



カイブツへの手紙などが読める公式サイト、できました。


『笑いのカイブツ』2/16 公式

出版社からの書籍化希望が殺到した青春私小説の傑作。cakesの連載を大幅に加筆し、ついに書籍化!

笑いのカイブツ

ツチヤ タカユキ
文藝春秋
2017-02-16

この連載について

笑いのカイブツ

ツチヤタカユキ

他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん、二七歳、童貞、無職。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。人間であることをはみ出してしまった「カイブツ」はどこへ行くのでし...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

comet_dusttail https://t.co/5x9nZVnaUM 1年以上前 replyretweetfavorite

luna04120 追記 先程のツイートの「笑いのカイブツ」冒頭話。cakes (文藝春秋)定価1300円でこれだけの勢いというか生き様垣間見られると考えるとほしいかも…? 2年以上前 replyretweetfavorite

hollowed_baum べしゃり暮らし一巻読んだら勢いついて 2年以上前 replyretweetfavorite

Kei_Nishino01 書籍版『笑いのカイブツ』を読んだ。ここで描かれるのは圧倒的な絶望、絶望、絶望。絶望が故にどこか希望がある。 日常生活に不満がある人間はぜひ読んでほしい。 2年以上前 replyretweetfavorite