母親のプレッシャーで娘が婚活ノイローゼに

父や母に「もう死んでしまえ!」と思ったことのあるすべての人へ――。 「親の存在がストレス」→70%! 「親を殺したくなる」→45%! 777人への意識調査でわかった、30~60代男女を襲う現代病、"親に疲れた症候群”の真実。 毒母の呪縛、モラハラ父の圧力、介護地獄……親への恨みや殺意を断ち切る技術を、“家族という病”の専門医がアドバイスします。第一回は、「親を殺したくなった事例」をご紹介します。平穏だった家庭が、親の介護によって崩壊した55歳男性のケース。そして、毒母からのプレッシャーで婚活ノイローゼに陥った33歳女性のケースです。

殺人事件の半数以上は家族間で起こる

 現代の日本では、殺人事件の実に5割以上が、親子、配偶者、兄弟姉妹など家族同士の間で起こっている。

 警察庁の統計(「平成25年の犯罪情勢」)によると、2013年の殺人事件の検挙件数のうち、被疑者と被害者の関係が親族間である割合(親族率)は、53.5%にのぼる。配偶者間の殺人が最も多く(155件)、次いで子どもの親殺し(144件)、親の子殺し(98件)、兄弟姉妹(36件)、その他の親族の殺人(26件)と続く。

 殺人事件の検挙件数そのものは、戦後の混乱期をピークに、その後は減少を続けてきた。1950年代前半には年間3000件を超えていたが、70年代に2000件を切り、2012年には戦後初めて1000件を下回り、2013年には950件まで減少した。

 ところが、殺人事件における親族率は、逆に上昇しているのだ。2003年までの過去25年、親族間の殺人は検挙件数全体の40%前後で推移してきたが、2004年には45.5%に上昇。以後の10年間でさらに上昇し、2013年には53.5%まで増加している。

 日本人の生活が豊かになるとともに、殺人を犯す人は減ったが、「家族を殺したい」と思う人や、「家族を殺さなくてはいけない」というところまで精神的に追い詰められている人は減っていないのだ。

 さらに、私の臨床を通じた実感として、実際に殺人を犯すまでに至らなくても、親や子どもを殺したいと思うほどに家族の存在を重荷に感じている人や、家族問題に苦しみ疲れ果てた人が、ここ10年くらいで確実に増えている。

家族の中でも特に深刻なのが、親子関係だ。

 夫婦関係の問題は、最終的には離婚という解決策があるし、結婚していない人は関係がない。しかし、親子関係はすべての人に存在し、自分が生まれたときから親が亡くなるまで一生続く関係であるうえ、心情的にも法律上も断ち切ることができない関係である。

 親との関係に疲れ果てて心身に不調を招いたり、仕事や対人関係などの社会生活に悪影響を及ぼしたり、家庭内暴力や引きこもりなどの問題を引き起こしたりする「親に疲れた症候群」が、男女を問わず、子どもから高齢者まで日本人の幅広い世代にじわじわと蔓延しているように感じるのだ。

うつの原因になるのも仕事より家族問題

私は男性更年期外来を開設して15年になる。当初は、うつや不安障害など心の病気や、頭痛、めまい、耳鳴り、動悸、胃痛、不眠などの不定愁訴が原因で、会社に行けなくなったり、生活に支障をきたしたりしている50歳前後の中高年の男性患者さんをメインに治療していた。

 彼らの治療にあたるうちに、中高年の男性にとって、仕事以上に大きなストレス源になっているのが、家族問題であることが多いと気づいた。その一例を紹介しよう。

 会社員のAさん(55歳・男性)は、不眠や食欲減退、動悸、気分の落ち込みなどを訴えて受診された。Aさんは職場の人間関係には問題がなく、過重労働でもない。

 抗うつ剤と睡眠薬を処方し、なんとか問題なく出社できていたものの、Aさんは「あと5年で定年なので、体調も思わしくないし、早期退職制度を利用して仕事を辞めたい」としきりに口にする。

 退職の気持ちは日々強くなる一方だった。「退職金を家のローンなどの支払いに充てても、年金をもらえるまでの期間は生活できる程度の蓄えがあるから、今すぐに会社を辞めてもなんとかなる」と、真剣に退職を考えていた。

 なぜ、それほどまでに退職したいのかとAさんに聞くと、「父親の介護のため」という答えが返ってきた。数年前に母親が亡くなり、元気がなくなった父親を心配して自宅に引き取ったという。

 以来、家事の負担が増えた妻の精神状態が悪化し、夫婦仲が険悪になり、離婚騒動にまで発展しているそうだ。父親を引き取った時点では、1~2年で他界するだろうとたかをくくっていたが、まだまだ元気である。夫が留守の日中、舅の昼食を用意したり、元気で好き放題にふるまう舅と2人きりで過ごしたりすることに、妻が耐えられなくなってきているという。

 そのためAさんは、妻と離婚して、父の介護を大義名分に早期退職を考えているようだ。Aさんにしてみれば、なかなか死なない元気な父親が疎ましいが、いったん呼び寄せた手前、今さら見捨てるわけにもいかず、八方塞がりの状態である。

 Aさんのように、親の介護問題が原因で、それまで平穏に暮らしていた家庭が崩壊するケースは多い。

 これまで、働く男性のうつは仕事のストレスが主な原因と考えられてきた。職場の人間関係や長時間残業、厳しいノルマや上司からのプレッシャーなどがストレスとなり、うつや出社困難を招いていると見られていたのだ。

 ところが実際は、仕事のストレス以上に家族問題の悩みが大きなストレスとなっていることが多い。かつては「男にとって職場は戦場」といわれたものだが、現代人にとっては家庭が第1の戦場と化している。

 ストレスの原因が家庭にある場合、いくら職場環境を改善しても、うつなどの症状は改善しない。家族の悩みは、特に男性にとっては他人に打ち明けにくいものであるだけに、職場のメンタルヘルス対策にあたる担当者も把握が難しい。

 職場のストレス対策は年々改善し、職場のモラル意識が向上したことで、パワハラ(パワーハラスメント)、セクハラ(セクシャルハラスメント)などの問題も、以前に比べて指摘しやすくなった。こうして働きやすい職場環境は徐々に整いつつあるにもかかわらず、メンタルに不調をきたす人が増加し続ける背景には、複雑化した家庭環境が関係することが多いのではないか、と私は考えている。

 2015年12月から、従業員50人以上の企業には1年に1回以上の「ストレスチェック」(労働者の心理的な負担の程度を把握する検査)が義務化された。しかし、従業員の家族問題にまで目を向けることのできる企業がどれくらいあるか、正直かなり不安だ。家族問題に苦しむ患者さんのストレスを軽減するには、本人だけでなく、家族にもカウンセリングや治療を行う必要がある。

 そこで私は、中高年の男性患者さんだけでなく、その奥さんやお子さん、場合によっては親御さんからも話を聞き、患者さんの家族に精神的な不調を抱える人がいた場合は、その治療にも乗り出すことになった。

 そうして見えてきたのは、患者さんの妻も子どもも親も、それぞれが家族に対して根深い恨みや不満を抱き、家族の存在を「しんどい」「重い」とストレスに感じているという実態だった。

 家族間殺人や傷害事件に至るほど激しい恨みではないにせよ、家族関係のストレスは日常生活で持続的・慢性的に続くものなので、小さな不満や怒りが積もりに積もって、やがて心身ともに疲れ果ててしまうのだ。

母親のプレッシャーで娘が婚活ノイローゼに

母親との関係が重荷になって、そのストレスから心身に不調をきたす女性も目立つ。その一例を紹介しよう。

会社員のBさん(33歳・女性)は、不安障害で私の外来へ相談に見えた。突然、激しい動悸や呼吸困難、恐怖感に見舞われるパニック発作がたびたび起こるという。「原因はわかっています。私『婚活ノイローゼ』なんです」とBさんは切り出した。

 詳しく話を聞くと、Bさんは30歳を過ぎた頃から、母親の強い勧めで婚活(結婚相手を見つけるための積極的な活動)を始めたという。当初は合コンや婚活パーティーに参加する程度だったが、なかなか理想どおりの男性に出会えない。そこで結婚相談所に登録して、1対1のお見合いで真剣にパートナー探しを始めた。

結婚相手が見つからないこと以上に、Bさんにとって大きなストレスとなっているのが、母親からのプレッシャーだった。

「休日は婚活でほぼつぶれてしまい、金曜日と日曜日の夜には母から必ずチェックの電話が入るんです。うまくいかなかったと伝えると、『男ひとりつかまえられない娘を育てたかと思うと情けない』と責められます。次のお見合い相手についても根掘り葉掘り聞かれて、年収や職業が気に入らないと文句をいわれるんです」とこぼす。

 最近、Bさんと同い年の従姉妹が妊娠し、母親からのプレッシャーがますますエスカレートしていることが、Bさんを追い詰めていた。

「従姉妹とは幼い頃からずっと比較されてきました。母にしてみれば、妹の子どもは私よりも美人で頭もいいのが気に入らないのでしょう。『今から結婚しても高齢出産だし、孫の顔も見られないかもしれない。親不孝にもほどがある』とか、ひどいことをいわれるんです。私もいつかは結婚したいけれど、子どもが欲しいかどうかはわからない。母親さえいなければ、こんなに苦しまずに済むのに……」と、涙ながらに打ち明けるのだ。

 ひとしきり悩みを吐き出して、Bさんの気持ちは少しスッキリしたようだった。うつや不安障害などのメンタル疾患の治療では、薬で症状を抑えるとともに、病気を招いた根本の原因であるストレスを取り除かなくては、なかなか治らない。

 Bさんの場合は、母親との関係を見直して、母親の過干渉や支配から抜け出さなくては、同じ症状がぶり返すだろう。たとえ母親のお眼鏡にかなった男性と結婚できたとしても、次は「孫はいつ?」と責められるのは目に見えている。

 孫が生まれたら、今度は従姉妹の子どもと比較されて、自分の孫が妹の孫よりも出来が悪いと思ったら愚痴をいわれ続けるだろう。Bさんは、「母親のせいで自分の望む人生を送れない」と、母親への恨みを募らせていくことになる。

 Bさんの母親のように、子どもの人生に悪影響を及ぼす母親のことを、最近では「毒母」と呼ぶ。毒母から身を守るには、母親との関係を見直して、毒にならない程度の距離を置いてつきあえるように変えていくしかない。ただ、それが簡単にできないからこそ、親子関係の問題は難しいのだ。

 私はBさんに、「原因をそこまで自覚しているなら、ご自分のペースで婚活ができるように変えていきましょう」と提案した。Bさんは、病気を理由に婚活を中止する、母親からの電話には出ない、母親への連絡は用件のみメールで伝えるなどの対応策を実行し、精神的に落ち着きを取り戻しつつある。


子は親を選べない。けれど、未来は自分で選べる。

この連載について

親を殺したくなったら読む本

石蔵文信

父や母に「もう死んでしまえ!」と思ったことのあるすべての人へ――。 「親の存在がストレス」→70%! 「親を殺したくなる」→45%! 777人への意識調査でわかった、30~60代男女を襲う現代病、"親に疲れた症候群”の真実。 毒母の呪...もっと読む

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コメント

matchanYASAGURE 親を殺したくなったら読む本 3年弱前 replyretweetfavorite

kabothomas 警察庁の平成25年の統計によると、2013年の殺人事件の検挙件数のうち、被疑者と被害者の関係が親族間である割合(親族率)は、53.5%にのぼる。 3年弱前 replyretweetfavorite

_daisylily "休日は婚活でほぼつぶれてしまい、金曜日と日曜日の夜には母から必ずチェックの電話が入るんです。うまくいかなかったと伝えると、『男ひとりつかまえられない娘を育てたかと思うと情けない』と責められます。" https://t.co/8FmwtdtC0n 3年弱前 replyretweetfavorite

_daisylily "ところが実際は、仕事のストレス以上に家族問題の悩みが大きなストレスとなっていることが多い。かつては「男にとって職場は戦場」といわれたものだが、現代人にとっては家庭が第1の戦場と化している。" https://t.co/ag9JbD50TY 3年弱前 replyretweetfavorite