エロスとして生」を選ぶか、「倫理として死」を選ぶか—『死の都』という文学[三]

ウィーンの「神童」と騒がれた作曲家、コルンゴルトが生みだした1920年代の大ヒットオペラ『死の都』は、いったいどのような作品なのでしょうか。ベルギーの詩人、ローデンバックの原作小説『死都ブリュージュ』に基づき、父ユリアスと共同で作成されたリブレット(台本)。そこから現代演出との違いを探っていきます。

『死の都』とはどのような作品か。そしてまた「現代演出の意味」は何だろうか。この二つの問いは、コルンゴルト・ルネサンスの本質でもあり、さらに古典を受容することの本質に関わっている。

 作品の成立から簡単に触れておこう。リブレット(オペラの台本)は経緯から見ると、1900年にベルギーの象徴主義詩人ジョルジュ・ローデンバックがフランス語で書いた四幕の戯曲『幻影(La Mirage)』に基づいている。さらにこの戯曲は、彼が1892年にフランス語で著した小説『死都ブリュージュ(Bruges-la-Morte)』を元にしている。原作のあらすじを簡単に記しておこう。なお原作は、当時の知識人に広く愛好された。これには、永井荷風も含まれる。

死都ブリュージュ (岩波文庫)
死都ブリュージュ (岩波文庫)

【あらすじ】

主人公ユーグ・ヴィアーヌは、妻を亡くし、ブリュージュにやってきて、5年が過ぎていた。死の雰囲気を漂わせるブリュージュという街が追悼に向くと思ったからである。ある日、亡き妻と瓜二つの踊り子のジャンヌと知り合う。彼女に夢中になる反面、ユーグは苦しむ。さらに、彼女は妻の座も狙うようになり、ある日、亡き妻の遺髪をもて遊ぶ。ユーグはこの行為に逆上してジャンヌを絞殺する。そうしてみて気がついたが、ユーグが求めていたのは亡き妻の幻影に重ねた死都ブリュージュという街であった。

 この戯曲を1903年、オーストリアの脚本家ジークフリート・トレビッチがドイツ語で『幻影(Das Trugbild)』として翻訳し、ベルリンで上演して人気を博した。1916年のことである。

 コルンゴルトの父・ユリアスはすぐにこの戯曲のオペラ化に目をつけ、その作業をハンス・ミュラーに依頼したものの満足せず、ユリアス自身が中心になり、息子のコルンゴルト(エーリッヒ)と共同で三幕もののリブレットとして作成に着手した。その意味で、台本のもつ潜在的な文学性は、コルンゴルトの父・ユリアスに由来する。オペラ『死の都』は音楽性から注目されがちだが、ユリアスの批評的かつ文学的な才能にも深く依存している。

 しかしコルンゴルト親子はその台本にペンネームを記した。現在リブレットに記載されている著者パウル・ショットである。すでに批評家として著名だったユリアスは批評家の立場から創作であることを表面化したくなかった。また、リブレット創作に深く関わった息子のコルンゴルトとしても文学面で目立つより音楽家としての名声を第一に重んじたのだろう。

 親子は非常に興味深いリブリレットを書き上げた。現在のリブレットでは、「ジョルジュ・ローデンバックの小説『死都ブリュージュ』からの自由な翻案(frei nach)」と記載されることもあるが、オペラ『死の都』のリブレットは、小説『死都ブリュージュ』から設定を借りた別作品と言えるほど、主人公の名前から物語の展開まで大きく異なっている。

 その差違の部分に作品の重要性があるとも言える。また不思議な巡り合わせとも言えるが、リブレットがあらかた仕上がり、コルンゴルトが作曲に取りかかる1917年、彼は将来の伴侶となる女性と出会う。恋愛は両方の親の反対もありすんなり進まず、『死の都』の作曲は彼の困難な恋の時期に重なっている。この情熱が、作品の音楽性や、おそらく作品の無意識な部分にも影響を与えている。


『死の都』が描く世界

  『死の都』というオペラ作品、つまり、複数の演出の可能性というものを考えていくにあたり、まずその起点となるリブレットが描く世界を見ていこう。幸いなことに、2014年の新国立劇場オペラに合わせて、原語ドイツ語と日本語対訳のリブレットが頒布されているので、これをもとに日本人としても読みやすい。

 リブレットだが、三幕から成り立っている。物語の場所は18世紀末の港町ブルッヘ(Brugge)である。フランス語による呼称、ブリュージュ(Bruges)のほうが馴染みやすいかもしれない。またフランス語のオリジナル小説を踏まえて以下ブリュージュと呼びたい。なお、この地名は英語のブリッジ(橋)と同語源で、当地の多数の水路にかけられた橋を示している。作品でも水路は心理的な世界の出入り口として大きな意味合いを持っている。

登場人物
パウル:主人公
マリー:5年前に30歳で亡くなったパウルの妻
マリエッタ:マリーにそっくりな女性
ブリギッタ:メイド
フランク:パウルの友人

 主人公のパウル(ヘルデン・テノール)は、5年前に30歳で亡くなった妻マリーを追悼するために独自の住居を構えている。ブリュージュという街が死者を追悼するのにもっともふさわしく死を漂わせていると彼は思っている。住居の内部には、死の部屋として彼女が死んだベッドのある部屋があり、そこに入る扉を花で飾っている。そして扉のある広間を「去りし者の聖堂(Die Kirche des Gewesenen)」と呼び、彼女の遺髪やリュート(楽器)などの遺品を集め、彼は毎朝祈りを捧げて静かに暮らしている。

 時期は5月のキリスト教昇天祭が迫るころである。パウルは偶然だが、死んだマリーにそっくりの女性マリエッタ(ソプラノ)を街で見かけ、マリーが生まれ変わることの願いを神がかなえてくれたと昂奮する。が、メイドのブリギッタ(メゾソプラノ)は主人の精神状態を不審に思い、主人を諭すべく彼の友人フランクを「去りし者の聖堂」に呼ぶ。ブリギッタとフランクの二人が部屋に入るところから第一幕が始まる。

 以降、オリジナルのリブレットにそってあらすじを追い、次に各現代演出との差違を吟味したい。

第一幕のあらすじ

 第一幕の冒頭で登場したフランクはパウルに正気に戻るよう促すが虚しく立ち去る。

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