ユウキとママ 後編—ある告白。

子供は離婚する親たちを、どう見ているのでしょうか。自身も離婚を経て、2人の子供たちを育てているエッセイストの紫原明子さんが、子供たちへのインタビューをもとに、現代の家族のストーリーを紡ぎます(連載のくわしい成り立ちは序章をお読みください)。
今回は、中学1年生のユウキとママの話。母の身に起こった思いがけない出来事とは――。前編に続いてお読みください。

「ユウキ。ママ、乳がんだって」

ママから思いがけない事実を打ち明けられたのは、新しい家に引っ越してすぐのことだった。

ユウキは最初、いつものようにママの悪い冗談だと思った。
ママは普段からこういう笑えないジョークを平気で飛ばしてくる人なのだ。昔からそう。はいはい、それで?と、ユウキはいつものように話のオチを待った。

ところが、この日のママは震えていた。見たことのないようなこわばった顔をして、目を泳がせていた。ユウキは、自分の体からさっと血の気が引いて行くのを感じた。

区の無料健診で再検査の診断を受けたママは、別の病院で改めて精密検査を受け、結果、進行性の乳がんと診断された。見つかったとき、がんはすでにリンパまで転移していて、0から4まで、細かく区切られている進行度で、ステージ3C。すぐに本格的な治療を始める必要があり、そうでなければ5年生存率は25パーセントだと告げられた。

病気のことを知らされた夜、ユウキは眠れなかった。
ママの様子を見て、決して楽観できない状況にあることは嫌でもわかった。かといって、ママから告げられたステージ3Cという状況を、自分で調べるのは怖かった。

何も知らないクラスメートが無邪気に送りつけてくる、たわいないLINEのメッセージにイライラした。スマホを遠くに放り出して、天井を眺めていると、ふと幼い頃のことを思い出した。パパがいなくなった日のこと。

少し前から、パパの部屋に一つ、また一つと、段ボールの箱が増えていた。気づいていたはいたものの、別に気に留めずにいた。けれどもある日、ユウキが保育園から帰ると、パパの部屋が空っぽになっていた。積み上げられていた段ボールの箱も、家具も、ユウキのいない間に全て運び出され、部屋の中が、空っぽになっていた。
何かが起きたということは幼いユウキにもすぐにわかった。慌ててママに詰め寄ると、「ご飯でも食べに行こう」と、近所のファミリーレストランに連れ出された。行くたびにおもちゃをくれるから、幼いユウキが一番大好きだったレストランだ。そこで、パパがもう二度と家には帰ってこないこと、パパとママが「りこん」したことを告げられた。

「なんで僕に言ってくれなかったの」
5歳のユウキは、声をあげて泣いた。


あれ以来パパには一度も会ってない。会いたい気持ちがなかったわけではないが、ママには言い出せなかった。それに、2人の生活が長く続くうちに、ママがいればそれで十分だと思うようになった。

「ユウキの幸せはママの幸せ」

昔からのママの口癖だ。
パパがいなくなってからは、パパの代わりにママが、ユウキをいろんなところに連れて行ってくれた。仕事で忙しいのに、自分のために沢山努力してくれた。そのことを、ユウキは知っている。

ママの運転する車の助手席に乗り込むと、ママがさっと、スマホを握った腕を前の方に伸ばす。
「はい、チーズ」
ママの笑顔と、わざと顔を歪めたユウキの変顔のツーショットが、ママのスマホの中には、数え切れないほど残されている。

泣こうと思ってなんかいないのに、不思議と次々に涙が溢れた。
狭く、静かな家の中で、下の階にいるママに決して悟られないように、呼吸を整え、なんとか落ち着こうとした。でも、どうしてもうまくいかない。それまで当たり前にそばにいた家族が、ある日突然いなくなる恐怖を、いやでも思い出さずにはいられなかった。 空っぽになったパパの部屋を目の当たりにした瞬間、ユウキの心の中にも同じようにひとつ、空っぽの部屋ができたのだ。ママと2人きりの生活の中で、時間をかけて埋めてきた。 なのに、今度はそのママがいなくなってしまうかもしれない。
ママが、死ぬかもしれない。

大声で泣いても、ママに怒っても、パパは戻ってこなかった。子供だった自分には何をすることもできなかった。あれからあんなに時間が経ったのに、まだ自分は力のない子供のままでいる。そのことがユウキはただ、悔しかった。

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りこんのこども

紫原明子

いまや「よくある話」になっている離婚問題。大人の事情で語られることは多いけれど、親の離婚を体験した子供たちは、何を考えているのでしょうか。自身も離婚を経て二人の子供を育てているエッセイストの紫原(家入)明子さんが、子供たちの思いや現代...もっと読む

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コメント

rockman_385 りこんのこども続きが気になってしまって仕方がない。自分もりこんのこどもだから余計くるもんある 3年以上前 replyretweetfavorite

Hotakasugi これ読んで、できるだけ長く映画館を運営していこうと改めて思いました。- 3年以上前 replyretweetfavorite

tokonatsu2012 先々週風邪で寝込んだときに、速水健朗さん目当てで会員になったcakes。うっかり無料体験期間過ぎちゃったけど、この「りこんのこども」は読んじゃうな。 3年以上前 replyretweetfavorite

Quad_Jey やはり僕がまだ10代の頃、自分の母が乳癌でリンパに転移していると余命宣告され、闘病期間を経て逝った記憶が鮮明に蘇った。 泣ける。でも泣か/けない自分がオトナで嫌だ。 3年以上前 replyretweetfavorite