ユウキとママ 前編—1DK、2人きりの生活。 

子供は離婚する親たちを、どう見ているのでしょうか。自身も離婚を経て、2人の子供たちを育てているエッセイストの紫原明子さんが、子供たちへのインタビューをもとに、現代の家族のストーリーを紡ぎます(連載のくわしい成り立ちは序章をお読みください)。
今回は、中学1年生のユウキにきいた話。働くママと二人三脚の生活の中で、彼が考えていることとは——?

朝6時。

1階のリビングの奥にある、猫の額ほどのママのスペースと、その真上にあるロフトのユウキの部屋から、ほぼ同時にアラームが鳴る。
枕元のスマホを手に取り、即座にアラームを止める目覚めのいいユウキ。対照的にママはというと、うううっと、地鳴りのようなうめき声をあげて、新しい朝に最後の抵抗を見せる。気を利かせたアラームが迫るようにボリュームを増せば、それに呼応するかのように、ママの唸り声も、一段と大きくなる。

なんだよそれ、とベッドの上で上半身を起こしたユウキは思わず笑う。
はぁ、とひとつため息をついて、ユウキも声をあげる。

「……起きろおおおお」

ママと、アラームと、ユウキの、三者による骨太のハーモニーがついに完成。
満足したとでもいうのか、ここでようやくママの声が止み、ごそごそっと物音がした後、アラーム音も止まった。
「……わかったわかった。ユウキ、朝からうるさいよ」
静かになった部屋の中で、ベッドからなんとか這い出したらしいママが吐き捨てるように呟く。
「おいおい、どっちがだよ」と返しながら、ユウキもハシゴをつたってリビングに降りる。
今朝はやや派手目なコーラスに仕上がったとはいえ、田辺家の朝は、だいたいいつもこんな調子で始まる。

朝ごはんは納豆ご飯に味噌汁と決まっている。
少し前ならユウキも支度を手伝っていたものだが、ここ最近はどうやらそんな余裕もなさそうだ。ママは1人で手早く支度を済ませると、洗面所で、かれこれ5分以上、鏡の中の自分と向き合っているユウキに声をかける。

「早くご飯食べなさいよ。遅れるよ」
「だって、髪はねてんだもん」

ユウキはしきりに前髪を手のひらで撫でつけている。
「全然はねてないじゃん、気にしすぎだよ。色気づいちゃってさ」
ママが茶化すと、ユウキは演技がかった口調で答える。
「俺がカッコイイと喜んでくれる女の子がいるんだよ。……この液体、髪に使っていいの?」
「超潤」と大きく書かれたボトルを手に、ユウキが真剣な眼差しで尋ねる。
「バカ。それ、顔につけるやつだから」
ママが笑いながら言うと、そうか、と納得したユウキは、自分の顔に向けて、シュッとスプレーを一吹き。即座に、げ、口に入った、と渋い顔をする。ママは、あはは、と声をあげて笑う。

ユウキは中学1年生。都内の公立中学に通う13歳だ。どういうわけだか最近急に女の子にモテ出して、1ヶ月前にはついに、初めてのガールフレンドができた。それだけなら大変喜ばしいことだが、残念ながらLINEで告白を受けたばかりに、この件はたちまちママの知るところとなってしまった。ユウキのスマホの中身は、契約当初から定期的に、ママによってチェックされる決まりになっているのだ。

「あんたの彼女だって別に大して可愛くないんだから、もうやめなさい。ほら、早くご飯食べて」
済ました顔から繰り出されるママの痛烈な一言に、ユウキは眉をしかめながら洗面所から出てくる。
「そういうこと言うなよな。だいたい俺は性格重視なんだよ」
「ま、確かに性格の悪い美人はまだまだあんたの手には負えないね」
間髪入れずにママが返す。とことん手厳しいのだ。

ママとユウキが、長年住み慣れた郊外の家を離れ、都心のど真ん中に位置する今の家に越してきたのは、去年の暮れのことだった。前の家で学区域として指定されていた公立中学は、学級崩壊やいじめの噂が後を絶たず、ユウキの中学入学を前に、意外にも公立中の評判が良い、この地域に引っ越してきたのだ。

「狭っ」

初めて新しい部屋に足を踏み入れたユウキは、その狭さに思わず声をあげた。
1DKとロフト、バス・トイレからなる50平米ほどの小さな部屋。それまで住んでいた家の半分ほどの広さだった。
「こっちは家賃高いんだもん。文句言わないでよ」
ママが口を尖らせて答える。

狭いとは言え、リフォーム済みの内装は、外観からは想像できないほど清潔だったし、窓を閉めてしまえば繁華街の騒音も大して気にならない。何より、ハシゴを使って登った先にある、天井の低い小さな空間は、いかにも秘密基地といった趣で、ユウキは内心ワクワクした。ママには子供っぽいと笑われそうで、口には出さなかったけれど。

「じゃ、行ってきます」
中学に入ってすぐに所属したバスケ部の朝練があるため、ユウキは毎朝7時前には家を出る。
「はい、行ってらっしゃい。ママ、今夜は帰りが遅くなると思うから。適当にご飯作って、先に食べといてくれる?」
「オッケー。俺、この前の焼きそば作る」
「じゃあママの分もよろしく。麺はないから買ってきてね」

飲食店や商業施設ばかりが立ち並ぶこの地域は、ユウキのような中学生とは全く別の時間を刻んでいる。ユウキの今日が今まさに始まるという頃に、街はようやく眠るのだ。マンションの一歩外に出れば、夜中のうちに酔いつぶれた大人たちが、例によって道路脇に、死屍累々と転がっている。越してきたばかりの頃は、そんな様子にいちいちぎょっとさせられたものだが、今ではすっかり慣れてしまった。おぼつかない足取りで、ふらふらと駅に向かって歩く人にすれ違えば、ゾンビが出てくる大好きなハリウッド映画を思い出しておかしくなる。


ママは、ユウキが生まれる前から、有名なファッションメーカーの広報として働いている。パパとは、ユウキが5歳のときに離婚したから、それ以来ずっと、ユウキとママの2人暮らしだ。幼い頃は、よく近所のベビーシッターさんの家に預けられていたものだが、小学校の高学年にもなると、自然と1人で留守番できるようになる。ママが仕事から帰ってくるまでの時間、全く寂しくなかったと言えば嘘になるけれど、そうは言っても、テレビとゲームがあれば気は紛れる。

ただしあるとき、テレビばかり観過ぎだとママが爆発、テレビが一切禁止されてしまったときにはさすがに途方に暮れた。ママが帰ってくるまで、やることがないのだ。退屈をもてあましたユウキは、見よう見まねで料理を作ってみることにした。するとこれが案外面白くって、以来、料理はユウキの一番の特技となったのだ。


ママがパパとどうして離婚したのか、正直なところユウキには今ひとつよくわからない。ユウキのわずかな記憶の中に残るパパは、ちょっとでも時間ができれば、海、山、川、遊園地と、ユウキをとにかく色んなところに連れて行ってくれた。保育園で散々遊びつくした後、日も暮れかけた頃から遠くに連れ出されることもあって、そんなときは幼心に「ちょっとめんどくさいな」と思ったりもした。最近になって聞いた話では、そんな、当時のパパの行動は、少なからずママへの、あてつけだったのだという。ユウキが生まれたあとも、それまでと同じペースで仕事を続けるママを、パパは快く思っていなかったらしい。

そのことに気づいていたママは、フルタイムの仕事を続けながらも、パパの理想に応えるために、1人ですべての家事を完璧にこなそうとした。だけど結局、パパとママの理想に折り合いがつくことはなく、我慢の限界に達したママが離婚を決めた。 離婚に際して、パパから提示された養育費は月に数千円というわずかな額で、ママはそれを突っぱねた。そのときからママは、誰に頼ることもなく、たった1人でユウキを育ててくれた。

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りこんのこども

紫原明子

いまや「よくある話」になっている離婚問題。大人の事情で語られることは多いけれど、親の離婚を体験した子供たちは、何を考えているのでしょうか。自身も離婚を経て二人の子供を育てているエッセイストの紫原(家入)明子さんが、子供たちの思いや現代...もっと読む

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コメント

nimurahitoshi りこんのこども『 4年弱前 replyretweetfavorite

Kisax_w つい彼らの日常に吸い込まれます。子供たちには、目の前にある日常が全て。足りないものなんか大人が思うほど本当は無かったりするんですよね 4年弱前 replyretweetfavorite

_rokujo 都心50平米って家賃18万くらいします。以前39平米に5人で住んでた。環境良くしたい気持ちは分かるが中学なんて3年で全入れ替わりだよ。 4年弱前 replyretweetfavorite

GUCCI4649 紫原明子さん、新作を公開。 ご苦労されてますね。 === ユウキとママ 前編——1DK、2人きりの生活。 https://t.co/3BMNX7ZsIk https://t.co/v0I58NboRA 4年弱前 replyretweetfavorite