少年の誘惑に危うしソクラテス 哲学の祖に恋した危険な少年【後編】

哲学の祖、ソクラテスの寝台に、忍び寄る絶世の美少年、アルキビアデス。少年の誘惑に、鉄人にして哲人のソクラテスが取った行動とは?
劉邦の宦官』や『九度山秘録』で話題の、新進気鋭の歴史小説家・黒澤はゆまが、歴史のなかの美少年を追って世界中を飛び回る人気コラム!

アルキビアデス ソクラテスのベッドへ……

あれほど、様々な愛者と浮名を流した割に、自分が口説く段になると、アルキビアデスの手並みは決して達者なものではありませんでした。

おともの者を下がらせて二人きりになるはよいとしても、人気のないところでプロレスごっこに持ち込むとかは、正直どうなんでしょうか。しかし、色々な手口を使った末、結局は、自宅に呼んで一緒に深夜まで飲むという、一番シンプルな方法が上手くいき、

「もう終電ないでしょう、ねっ、ねっ」

と、やりたい盛りの大学生みたいなことを言って、ソクラテスと寝椅子を並べて一緒に眠ることに成功します。

以下の問答は「饗宴」を概略したものですが、アルキビアデスは、師匠の耳元に悩ましい吐息とともにささやきかけます。

「あなたはねえ、僕にふさわしいたった一人の人です。あなたはためらっているかもしれないけど、僕の方ではとっくに準備は出来ているんですよ」

美少年がいきなりアクセル全開ですが、ソクラテスは皮肉な調子で言い返します。

「アルキビアデス。君は僕のなかに美しいものを見つけたようだね。でも、君の美貌と僕の内面の美、それを交換しようというのは、あまり公平とはいえない。ふふ、優れた人よ。もっとよく見てみたまえ。肉眼の視力が衰えてから、心の眼は鋭くなるものだけど、君はそこに至るにはまだまだのようだ」

あなたの美貌や才能でなく、魂の内なる輝きの方を愛しているのだよ。だからまずはそれを磨かなきゃ。と暗に言っているのですが、美少年には分からず、さらに踏み込んできます。

「はぐらかさないで。二人にとって一番いいことって何でしょうか」

「なるほど、お互いによく考えてみようか。もっともよい行動がとれるように」

お師匠様は相変わらずのらりくらりです。業を煮やした少年はついに、武力行使に出ます。

彼に一語を発する隙をも与えず、僕の外套を彼に被せ—冬だったので、僕自身も彼の擦り切れた外套の下に入って一緒に横になり、両腕をばこの真に神霊的な、驚嘆すべき人に巻き付けたまま……(『饗宴』プラトン著、久保勉翻訳)

夜の闇にもなお照るように美しい少年が、しなやかで熱っぽい体を寄せ、くるおしい吐息と共に甘やかな謎かけを浴びせてくるのですから、いかにソクラテス先生といえども、理性が揺らぐかと思えば、その結果は、

自分の父または兄と一緒に寝たときと何の変わったこともなく、起きたのである(『饗宴』プラトン著、久保勉翻訳)

でした。

アルキビアデスは、がっかりするとともに、師匠の自制力と勇敢さについては感動したようです。その後、二人は一緒に戦場に行き、窮地に陥ったアルキビアデスをソクラテスが救ったり、徒歩で敗走するソクラテスを騎馬のアルキビアデスが守ったりしています。

いずれの戦場でも、ソクラテスは、際立って勇敢で立派なふるまいを見せ、アルキビアデスのソクラテスへの傾斜は深まる一方でした。

しかし、ある人物に傾倒するときは、それと同じだけの力が、反発の方向に働くものです。

「饗宴」で描かれた宴会は紀元前416年に開かれたようなのですが、この頃から、アルキビアデスの政治家、将軍としての活動が本格化していきます。

「饗宴」でアルキビアデスが涙ながらに

「あんなに頑張って誘惑したのにつれなくされたよー」

と、愚痴ったあと、宴は大騒ぎになり、皆酔いつぶれてしまうのですが、ソクラテスのみが一人威儀を正して、会場をあとにしました。

涙と酔いに乱れて、なんとも艶で徒な寝姿を見せる、愛しい弟子を見て、ソクラテスは何を思ったのでしょうか?

いずれにせよ、この饗宴のあと、史書から交流の記録は消え、ソクラテスとアルキビアデス、相思相愛の師弟はたもとを分かってしまったようなのです。

ソクラテスの弁明
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コメント

322rutsu あるいはソクラテスとアルキビアデス https://t.co/N9M8SpBQh5 1年以上前 replyretweetfavorite

hayumakurosawa 女と見まがう美形な上、アテナイでも、スパルタでも、ペルシャでも名将の名をほしいままにしたアルキビアデス。その彼が唯一思い通りにならなかった人物が、師匠ソクラテスだった。二人の葛藤と憎愛のドラマをいつか小説にしてみたい。 https://t.co/NUJWuxzpQV 5年弱前 replyretweetfavorite

_rokujo 饗宴読んだばっかなので泣ける。「アルキビアデス」も読もう 5年弱前 replyretweetfavorite

hayumakurosawa cakesさんのコラム更新されました。超絶美形にして文武兼備の名将、アルキビアデス。彼がソクラテスに仕掛けた甘い罠とは?? 5年弱前 replyretweetfavorite