世界の壁は高くない——海外で成功するための教科書(廣済堂出版)
海外で何かをするには苦労がつきもの
私のはじめての海外体験は幼稚園にさかのぼります。
三歳のときに、親の転勤ではじめて海外に行き、ボストンで暮らすことになりました。
けれども、まったく英語がしゃべれず、現地の幼稚園でなじめずに木陰によく隠れていました。トイレに行きたくてもなかなか話が通じず、おもらしをしてしまったときのことを、今でも鮮明に覚えています。
また、小学校の低学年のときも、再び父の転勤のためオーストラリアで生活をしていました。
ところが、イースターのときにチョコエッグを自分だけもらえなかったり、先生に差別されることも多々ありました。親にも相談できず、悔しい思いをしたことなども、覚えています。
今でも海外で新しい場所に行くときや新しいことをはじめるときには、そんなことをフラッシュバックのように思い出すことがあります。
しかも、日本での学生時代でも、英語の成績が飛び抜けてよかったわけでもなく、最初に就職した会社では、研修時に英語の中級クラスに配属されました。
何がいいたいかというと、海外での生活にいきなりなじみ、英語のコミュニケーションができるようになったのではなく、長い年月のさまざまな苦労を通じて海外で生き抜く力を少しずつ磨いて、克服しつつあるということです。
とはいえ、小さい頃から、「海外で仕事をしてみたい」とは思っていました。
大学生になってからは、MBA留学をしてみたいという思いももつようになりました。
しかし実のところ、現在のように、海外で仕事をしている状況を昔から想像できていたかというと、そういうわけでは決してありません。
私がもっていたのは、漠然と「海外で何かしたい」という、あいまいな志くらいでした。
社会人時代も、新人のうちに海外赴任をしたわけでもありません。
日本の大学を卒業後、三菱商事に入りましたが、入社から九年間は日本国内のビジネスにがっつり従事していたのです。入社当初、海外とはほとんど関係ない部署に配属になったことには多少、ガッカリはしました。商社なので、少しでも海外と関係あるビジネスができる日が来ればとは思っていました。
しかし、いつの間にか、そんなことは忘れ、目の前にある国内事業に邁進し、楽しかったこともあり、海外への思いはいつの間にか忘れていました。
転機となったのは、サンリオで海外の仕事に関わるチャンスをいただいてからです。
〝ハローキティ外交〟のこれまでとこれから
二〇〇八年にサンリオに転職し、ハローキティの海外事業に関わるようになると同時にサンフランシスコに家を構え、地球を年に一五周する生活をはじめて、もう七年以上がすぎています。ボストンの留学時代を含めると、海外生活は二〇〇六年の夏から九年以上が経ちました。
そして、今では日本人として、あるいは日本企業として、グローバルでも必ず結果は出せる、という自信を得られるようにやっとなりました。
三菱商事時代に一時、サンリオのビジネスに携わることがあり、サンリオは私にとっては極めて関心の高い会社でした。ビジネススクール卒業間近で進路を考えていたとき、サンリオの辻邦彦副社長(当時)から「海外事業をやってみないか」とお誘いいただき、迷うことなく、飛び込んだのです。
当時、サンリオは、収益が悪化し、業績の低迷が続いていましたが、辻副社長には、「ビジネスに変革を起こしたい」という強い思いがありました。
サンリオと聞いて、何より多くの方がイメージされるのが、「ハローキティ」というキャラクターです。ハローキティは、すでに世界に知られるキャラクターになっていました。
私も小さい頃から、いろんなキャラクターグッズに囲まれていたので、非常に親しみを感じていました。
また、私は何より、サンリオという会社がもっているモットーに大きく共感していました。「SMALL GIFT BIG SMILE」というコンセプトのもと、キャラクターを通じ、世界中に幸せと笑顔を届けるというミッションがとても心に響いたのです。
そうして、世界中に笑顔を広げる〝ハローキティ外交〟=「HELLO KITTY DIPLOMACY」を開始していくことになりました。
私は辻副社長の期待に応えるべく、サンリオを変える新しい世界戦略をいっしょに推し進めました。それが、ハローキティを中心とした「ライセンスビジネスを大きく広げる」ことでした。
それまでのサンリオの世界展開は、自社製造の商品の販売や直営店の展開が中心でした。
一方、ライセンスビジネスは、日本ですでに成功していて、欧州でも少し広がりはじめていたのです。
ライセンスビジネスとは、さまざまなパートナー企業に、衣類やアクセサリー、文具や雑貨、食品など、幅広い分野のグッズにハローキティを使用、製造・販売する権利を許諾(ライセンス)し、その対価をロイヤリティー(キャラクター使用料)としていただくというビジネスモデルです。
その最大のメリットは、サンリオが自社で商品を製造したり、在庫をもつことなく、ハローキティという強力なブランドを世界に供給し、それを収益につなげていけることでした。
私は、グローバルチームを率いて、ビジネスを現地化し、このライセンスビジネスに重きを置いていったのです。
サンリオに転職した二〇〇八年、そのままサンリオ米国法人のCOO(最高執行責任者)に就任し、同年には欧州法人のCOOを兼務し、欧米でのライセンス事業を推進しました。
翌々年には、ハーバードの後輩にも入社してもらい、中国やアジア地域においてもライセンス事業へのシフトを同時に推進していきました。
また、海外事業以外では、入社二年目から、本社で経営戦略、中期経営計画策定と推進、全社改革といった全社的な役割を経験するとともに、海外IR、マーケティング、キャラクター開発やM&Aといった役割も果たしてきました。
中でも、私が昔オーストラリアに住んでいて、なじみの深かったイギリス生まれの人気キャラクター「ミスターメン リトルミス」を買収し、グローバルなビジネスチームを再編成し、新たなプロジェクトとして推し進めることができるようになったときは感慨深かったです。
結果として、海外からのライセンス収入が大きく伸び、サンリオは業績を急速に回復させることができました。会社の営業利益は私の入社から五年で約三倍になり、過去最高益を更新することになりました。海外からの営業利益は、九〇パーセント以上を占め、業績回復に大きく貢献できたのです。
業績の改善に加え、海外IR効果で多くの海外投資家も引き込むことができ、株価も跳ね上がりました。株価は、二〇一三年には一時、六〇〇〇円台を超え、時価総額は二〇〇八年度時の安値と比較すると十数倍にまで拡大しました。
日本から海外に進出している有名企業といえば、自動車業界のトヨタやホンダ、電機業界のソニー、製造業界のキヤノン、ファナックやキーエンス、航空サービスのJAL、ANA。そして世界的なブランドといえば、任天堂のゲーム、カシオのGショック、サントリーの響、黒澤明監督の映画などいろいろあると思います。
そんな中、サンリオは、海外でも日本でも、「海外でもっとも成功している日本のエンターテインメント企業」と呼ばれるようになり、またハローキティは「グローバルブランド」と呼ばれるまでに成長しました。
二〇一五年、私はサンリオ内で社内ベンチャーを立ち上げ、映画事業に参入することに挑戦しております。少し先になりますが、数年後に「ハローキティ」や「ミスターメン リトルミス」などの映画を世界にお届けしたいと思っています。
子どもから大人まで愛されるハローキティとサンリオには、まだまだこれからも大きな可能性があるはずだと私は感じているのです。
一歩踏み出して、海外に出てみよう
ただがむしゃらにやってきたところもあるので、なんでこうなったのかわかるような、やはり、いまだにわからないような感じもしなくはありません。
二〇一五年、海外を統括する業務や、全社的な役割は私の役割ではなくなりました。
しかしながら、せっかく推し進めてきた海外事業を通じて考えてきたこと、苦労したこと、やり残したことなどを、風化して忘れないうちに書き留めておきたいと思うようになり、本書の執筆をしてみることにしました。
日本にいる皆様にお伝えしたいと思っていること。
それは、「ぜひ、海外に日本人として誇りをもってチャレンジしてほしい」ということです。
世界に目を向けるだけで、大きなチャンスに出会える可能性があります。
そのことをどうか知ってほしいのです。
学生で飛び出してもいい、語学留学や、MBAのような大学・大学院留学でもいいと思います。また、三〇歳をすぎていたとしても、遅すぎることはありません。実際、私がそうでした。
そして、世界を恐れる必要はないということも知っていただきたいです。
「日本企業は、世界のグローバル企業に次々に追いやられている」という報道が日本ではよく流れますが、そういうイメージに惑わされてはいけないと思うのです。
世界の壁は、「思っているほど高くはない」と私は感じています。
なのに、高いと決めてしまって、大きなチャンスをみすみす捨ててしまうのは、あまりにもったいないことです。
私自身も壁に突き当たっては、跳ね返され、ぶつかるなり、叩くなり、なんとか乗り越えるなりして、これまでやってきました。振り返れば、たいした壁ではなかったと思えることもあります。
実際に、どんな壁があったのか。その壁は、どのようにすれば乗り越えられるのか、あるいは壁でなくなるのか。高い壁であったとしても、どう向き合えばいいのか。
私の経験をもとに、本書では書き進めていきたいと思います。
また、
海外に子会社をもつ企業に勤める人に。
海外に進出したい人に。
海外で起業したい人に。
海外に興味がある人に。
漠然とグローバルを意識している人に。
留学を考えている人に。
そして人生を変えたい。
違うステージに乗りたいと考えている人に。
ぜひ、本書を役立てていただけたら、うれしいです。