第139回 曲がり曲がる(前編)

「《円の面積》って、小学校で習ったのに……ほんとうのところはわかってないんですね、あたし」とテトラちゃんが言う。「積分を見つめて」第5章前編。
登場人物紹介
:数学が好きな高校生。
テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
$ \newcommand{\HIRANO}{\unicode[sans-serif,STIXGeneral]{x306E}} % HIRAGANA LETTER NO (U+306E) $

図書館にて

「テトラちゃん、それ、何?」

ここはの高校の図書室。いまは放課後。 机に向かったテトラちゃんが、《カード》をくるくる回すようにしてながめている。

テトラ「あ、先輩! これ……村木先生の《カード》なんですけど」

数学の村木先生は、僕たちにときどき《カード》をくれる。 問題が書かれているときもあるけれど、 数式が一つだけ、ぽつんと書かれているときもあるし、 色とりどりの《カード》の束が来ることもある。

僕たちはそこから好きなように考えを広げ、数学トークをする。 そして、気が向けば自由にレポートを書く。 いや、成績がつくわけじゃない。これは、僕たちの《おたのしみ》なのである。

「それで、どんな問題?」

テトラ「それが、何も書かれていないんです。まっ白で、しかも《丸い》んです!」

「丸い?」

テトラちゃんから《カード》を受け取る。

確かに、お皿みたいに丸いなあ。

直径は、ノートの幅と同じくらいかな。
村木先生の《カード》

「これは……珍しいな。そもそもカードが《丸い》のは初めてじゃないかなあ」

はカードをテトラちゃんに返す。

テトラ「それでですね、あたしは、何か《すかし》のようなものが書かれているのかな……と調べていたんです。こうやって……」

テトラちゃんは、カードを両手で持ち上げる。

「あ、テトラちゃん! そのカードをそのまま、ずっと上に……」

テトラ「え? こ、こうですか?」

「そうそう。両手で持ったまま、頭の上に、水平にして……違う違う。頭に乗せるんじゃなくて、頭の上にふわっと浮かせる感じに。そうそう!」

テトラ「こうでしょうか?」

「そう、そしてそのまま微笑んで!」

テトラ「あ、はい」

素直なテトラちゃんは、白くて丸いカードを両手で持ち、頭の上に浮かせると、にっこりと微笑む。

「うんうん」

テトラ「これは……数学のどんな問題になるんですか?」

「あ、違うんだよ。そうやっていると、テトラちゃんはまるで《天使》みたいだなって」

テトラ「も、もう! からかうのはやめてくださいっ!」

「ごめんごめん。ところでこのカードなんだけど、村木先生はなんて言ってたの?」

テトラ「は、はい……あたしが積の積分のこと(第138回参照)をレポートにして持っていったら、先生はこれを渡してくださったんです」

「じゃあ、これは積分しろという話なのかな」

テトラ「円を積分?」

「きっと円の面積を求めよということなんじゃないかなあ」

円の面積

テトラ「円の面積……というのは$\pi r^2$ですよね」

「そうだね。円周率を$\pi$(パイ)で表すと、半径が$r$の円の面積は$\pi r^2$で求められる。円の面積を表す公式はそうなる」

円の面積を表す公式
円周率を$\pi$で表すと、半径が$r$の円の面積$S$は、 $$ S = \pi r^2 $$ で求められる。

テトラ「はい。これは小学校のときに習いました。$\text{半径} \times \text{半径} \times 3.14$ です」

「うん、そうだよね。小数の掛け算がめんどうだったの思い出すなあ」

テトラ「公式を説明なさった先生の図が衝撃的でした」

「図?」

テトラ「そうです。円形のピザをたくさんの扇形に切って、組み替えて、平行四辺形のような形にしていくんです」

「ああ、そうだったね。こんな図だよね。たとえばピザを$8$枚に分割した場合」

円形のピザを$8$枚の扇形に分割して組み替える

テトラ「そうです、そうです。そして、その扇形をした《ピザ$1$切れ》をどんどん細くしていくと、《底辺の長さ》は《円周の半分》で、 《高さ》は《円の半径》に近づいていくから、円の面積が求まる……と」

「うんうん、なつかしいなあ」

テトラ「でも、何だかちょっとごまかされた感じがしました。だって、《ピザ$1$切れ》をいくら細くしても、底辺は少しだけ《でこぼこ》しますよね。その《でこぼこ》はどうなるのか……と疑問でした」

「小学校や中学校だと、《極限》のことはそうやって説明するしかないんだけどね」

テトラ「極限……あの$\lim$ですね?」

「そうだね。数列の極限、関数の連続、関数の微分、そして積分……と、数学のあちこちには極限が出てくる。面積を求めるときもね」

テトラ「……」

「どうしたの?」

テトラ「もしかして、いまなら……高校生のいまなら、あのピザの謎が解けるということでしょうか。《極限》で?」

「そういうことになるね。確かに極限を計算すると$\pi r^2$になるってわかるはず」

テトラ「先輩は、もうご存じなんですか? ピザを使った円の面積の求め方」

「ええと、うん、そうだね。数学の本に出てきたから、式を追いかけたことがあるよ。その後、何回か自分でもノートに再現できたから、たぶん理解していると思う。 いっしょに《円の面積の公式》を求めてみようか」

テトラ「はい!」

ピザを使って円の面積を求める

「問題をきちんと書くと、こうかな」

問題
半径が$r$の円の面積が、$\pi r^2$で求められることを証明せよ。
(ピザの分割と、極限を使う)

テトラ「はい」

「僕たちはピザを分割して《ピザ$1$切れ》をどんどん細くしていき、その極限をとって円の面積を求めようとしているんだよね」

テトラ「はい、そうですね」

「ということは、最後の極限に持っていくときのために、ピザ……つまり《円を$n$分割する》ことにしよう」

テトラ「なるほどです。そして、$n$を大きくしていくんですね?」

「そうだね。$n \to \infty$の極限を考えることになる。ピザを$n$分割したときの《ピザ$1$切れ》の扇形の面積を求めることになるから……うん。 半径$r$の円の面積を$S$として《ピザ$1$切れ》の面積を$S_n$としよう。 図に描くとこうなるね」

$n$分割した《ピザ$1$切れ》

「中心の角度を$\theta$(シータ)とすると、ぐるっと一回りする$360$度、つまり$2\pi$ラジアンを$n$等分しているわけだから、$$ \theta = \dfrac{2\pi}{n} $$ になるね」

テトラ「なるほどです。はい、扇形の面積$S_n$を求めてそれを$n$倍すれば円の面積$S$になるということで……でも、先輩、 その《扇形の面積》を《円の面積》から求めてはだめですよね?」

「だめだね。それでは循環論法になってしまうから。使える道具は《はさみうち》だよ。 《ピザ$1$切れ》の扇形をはさむような、《二つの形》を見つければいいはず」

テトラ「二つの形?」

「一つは《ピザ$1$切れ》よりも明らかに《小さな形》で、一つは明らかに《大きな形》。その《二つの形》の面積で《ピザ$1$切れ》の面積を《はさみうち》するんだよ。 そういう二つの形を見つけるんだ。《小さな形》の面積を$L_n$として、 《大きな形》の面積を$M_n$とすると、 $$ L_n < S_n < M_n $$ という不等式を作ることになるね」

《二つの形》を見つけよう

テトラ「ははあ……あ! 《小さな形》は見つかりますよ。こういう直角三角形でいいですよね?」

《ピザ$1$切れ》の扇形よりも明らかに《小さな形》となる直角三角形

「うん、いいね! これなら面積もすぐにわかるし。面積は……」

テトラ「テトラもわかります。斜辺が$r$の直角三角形で、角度が$\theta$なんですから、底辺は$r \cos \theta$で、高さは$r \sin \theta$ですね。 ですから、面積は$\frac12 \cdot r \cos \theta \cdot r \sin \theta$です!」

「そうなるね。この直角三角形の面積を$L_n$と表すと、式を整理してこうなるかな」

《小さな形》

$$ L_n = \dfrac{r^2}{2} \cdot \cos \theta \cdot \sin \theta $$

《大きな形》はどこにある?

「それで、下はいいとして、上はどうするんだっけかな……」

テトラ「上? 《大きい形》のほうですね」

「うん、僕たちはいま$S_n$を《はさみうち》したい。テトラちゃんが見つけてくれた三角形$L_n$で小さい形はできそうだ。$L_n < S_n$だね。 《大きい形》の面積を$M_n$として、 $$ L_n < S_n < M_n $$ とはさむ。そして……」

テトラ「あ!」

「あ!」

テトラ「先輩も見つけました?」

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

ケイクス

この連載について

初回を読む
数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに12巻も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

hyuki 金曜日は「数学ガールの秘密ノート」の日。Web連載『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』第131回〜140回を無料公開します!公式 ( 約4年前 replyretweetfavorite

aramisakihime 円の面積の話。円周率の話(『数学ガールの秘密ノート/丸い三角関数』)を思い出しました。> 約4年前 replyretweetfavorite

36_Kr @36_Kr 秘密ノートにも青春要素を入れてくるのがさすがですね。数学は、まあ、図形の極限。円の面積という、既知のことを、改めて厳密に考えるという路線は、わかりやすいと思います。 約4年前 replyretweetfavorite

36_Kr “素直なテトラちゃんは、白くて丸いカードを両手で持ち、頭の上に浮かせると、にっこりと微笑む。 僕「あ、違うんだよ。そうやっていると、テトラちゃんはまるで《天使》みたいだなって」” 約4年前 replyretweetfavorite