僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
図書館にて
僕「テトラちゃん、それ、何?」
テトラ「あ、先輩! これ……村木先生の《カード》なんですけど」
僕たちはそこから好きなように考えを広げ、数学トークをする。 そして、気が向けば自由にレポートを書く。 いや、成績がつくわけじゃない。これは、僕たちの《おたのしみ》なのである。
僕「それで、どんな問題?」
テトラ「それが、何も書かれていないんです。まっ白で、しかも《丸い》んです!」
僕「丸い?」
確かに、お皿みたいに丸いなあ。
直径は、ノートの幅と同じくらいかな。
僕「これは……珍しいな。そもそもカードが《丸い》のは初めてじゃないかなあ」
テトラ「それでですね、あたしは、何か《すかし》のようなものが書かれているのかな……と調べていたんです。こうやって……」
僕「あ、テトラちゃん! そのカードをそのまま、ずっと上に……」
テトラ「え? こ、こうですか?」
僕「そうそう。両手で持ったまま、頭の上に、水平にして……違う違う。頭に乗せるんじゃなくて、頭の上にふわっと浮かせる感じに。そうそう!」
テトラ「こうでしょうか?」
僕「そう、そしてそのまま微笑んで!」
テトラ「あ、はい」
僕「うんうん」
テトラ「これは……数学のどんな問題になるんですか?」
僕「あ、違うんだよ。そうやっていると、テトラちゃんはまるで《天使》みたいだなって」
テトラ「も、もう! からかうのはやめてくださいっ!」
僕「ごめんごめん。ところでこのカードなんだけど、村木先生はなんて言ってたの?」
テトラ「は、はい……あたしが積の積分のこと(第138回参照)をレポートにして持っていったら、先生はこれを渡してくださったんです」
僕「じゃあ、これは積分しろという話なのかな」
テトラ「円を積分?」
僕「きっと円の面積を求めよということなんじゃないかなあ」
円の面積
テトラ「円の面積……というのは$\pi r^2$ですよね」
僕「そうだね。円周率を$\pi$(パイ)で表すと、半径が$r$の円の面積は$\pi r^2$で求められる。円の面積を表す公式はそうなる」
円周率を$\pi$で表すと、半径が$r$の円の面積$S$は、 $$ S = \pi r^2 $$ で求められる。
テトラ「はい。これは小学校のときに習いました。$\text{半径} \times \text{半径} \times 3.14$ です」
僕「うん、そうだよね。小数の掛け算がめんどうだったの思い出すなあ」
テトラ「公式を説明なさった先生の図が衝撃的でした」
僕「図?」
テトラ「そうです。円形のピザをたくさんの扇形に切って、組み替えて、平行四辺形のような形にしていくんです」
僕「ああ、そうだったね。こんな図だよね。たとえばピザを$8$枚に分割した場合」
テトラ「そうです、そうです。そして、その扇形をした《ピザ$1$切れ》をどんどん細くしていくと、《底辺の長さ》は《円周の半分》で、 《高さ》は《円の半径》に近づいていくから、円の面積が求まる……と」
僕「うんうん、なつかしいなあ」
テトラ「でも、何だかちょっとごまかされた感じがしました。だって、《ピザ$1$切れ》をいくら細くしても、底辺は少しだけ《でこぼこ》しますよね。その《でこぼこ》はどうなるのか……と疑問でした」
僕「小学校や中学校だと、《極限》のことはそうやって説明するしかないんだけどね」
テトラ「極限……あの$\lim$ですね?」
僕「そうだね。数列の極限、関数の連続、関数の微分、そして積分……と、数学のあちこちには極限が出てくる。面積を求めるときもね」
テトラ「……」
僕「どうしたの?」
テトラ「もしかして、いまなら……高校生のいまなら、あのピザの謎が解けるということでしょうか。《極限》で?」
僕「そういうことになるね。確かに極限を計算すると$\pi r^2$になるってわかるはず」
テトラ「先輩は、もうご存じなんですか? ピザを使った円の面積の求め方」
僕「ええと、うん、そうだね。数学の本に出てきたから、式を追いかけたことがあるよ。その後、何回か自分でもノートに再現できたから、たぶん理解していると思う。 いっしょに《円の面積の公式》を求めてみようか」
テトラ「はい!」
ピザを使って円の面積を求める
僕「問題をきちんと書くと、こうかな」
半径が$r$の円の面積が、$\pi r^2$で求められることを証明せよ。
(ピザの分割と、極限を使う)
テトラ「はい」
僕「僕たちはピザを分割して《ピザ$1$切れ》をどんどん細くしていき、その極限をとって円の面積を求めようとしているんだよね」
テトラ「はい、そうですね」
僕「ということは、最後の極限に持っていくときのために、ピザ……つまり《円を$n$分割する》ことにしよう」
テトラ「なるほどです。そして、$n$を大きくしていくんですね?」
僕「そうだね。$n \to \infty$の極限を考えることになる。ピザを$n$分割したときの《ピザ$1$切れ》の扇形の面積を求めることになるから……うん。 半径$r$の円の面積を$S$として《ピザ$1$切れ》の面積を$S_n$としよう。 図に描くとこうなるね」
僕「中心の角度を$\theta$(シータ)とすると、ぐるっと一回りする$360$度、つまり$2\pi$ラジアンを$n$等分しているわけだから、$$ \theta = \dfrac{2\pi}{n} $$ になるね」
テトラ「なるほどです。はい、扇形の面積$S_n$を求めてそれを$n$倍すれば円の面積$S$になるということで……でも、先輩、 その《扇形の面積》を《円の面積》から求めてはだめですよね?」
僕「だめだね。それでは循環論法になってしまうから。使える道具は《はさみうち》だよ。 《ピザ$1$切れ》の扇形をはさむような、《二つの形》を見つければいいはず」
テトラ「二つの形?」
僕「一つは《ピザ$1$切れ》よりも明らかに《小さな形》で、一つは明らかに《大きな形》。その《二つの形》の面積で《ピザ$1$切れ》の面積を《はさみうち》するんだよ。 そういう二つの形を見つけるんだ。《小さな形》の面積を$L_n$として、 《大きな形》の面積を$M_n$とすると、 $$ L_n < S_n < M_n $$ という不等式を作ることになるね」
テトラ「ははあ……あ! 《小さな形》は見つかりますよ。こういう直角三角形でいいですよね?」
僕「うん、いいね! これなら面積もすぐにわかるし。面積は……」
テトラ「テトラもわかります。斜辺が$r$の直角三角形で、角度が$\theta$なんですから、底辺は$r \cos \theta$で、高さは$r \sin \theta$ですね。 ですから、面積は$\frac12 \cdot r \cos \theta \cdot r \sin \theta$です!」
僕「そうなるね。この直角三角形の面積を$L_n$と表すと、式を整理してこうなるかな」
《大きな形》はどこにある?
僕「それで、下はいいとして、上はどうするんだっけかな……」
テトラ「上? 《大きい形》のほうですね」
僕「うん、僕たちはいま$S_n$を《はさみうち》したい。テトラちゃんが見つけてくれた三角形$L_n$で小さい形はできそうだ。$L_n < S_n$だね。 《大きい形》の面積を$M_n$として、 $$ L_n < S_n < M_n $$ とはさむ。そして……」
テトラ「あ!」
僕「あ!」
テトラ「先輩も見つけました?」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)