ガチムチだったソクラテス
安保運動華やかりし1964年、当時の東大総長が「太った豚になるよりは、やせたソクラテスになれ」と卒業生たちに訓話し、世間で話題になりました。
実際は、読むことはなく、新聞が草稿を勝手に発表したのですが、将来のエリートへ「理想の追求と清貧」を訴え、なかなかの名言です。
ただ実はこれ、J.Sミルの『功利主義論』の剽窃なうえ、肝心のソクラテスの実像とまったく違います。
本当のソクラテスは、レスリングの達人で、ペロポネソス戦争を戦い抜いた、歴戦の勇士!
胸板は熊のように厚く、肩は牛のごとく盛り上がり、顔つきは彫像に残っているようにブルドックそっくり……
なので、先の言葉は、「太った豚になるよりは、ガチムチなソクラテスになれ」と言った方が正しかったのかもしれません。
まぁ、この時、訓話を受けた方々が指導するようになってからの、日本の迷走ぶりを見ると、体を鍛えるくらいではどうにもならなかった気がしないでもないですが。
さて、このガチムチなソクラテスですが、言わずと知れた哲学の祖であります。
デルフォイの神託から「無知の知」に気付き、生きていく上で真に価値あること、「真善美」を求めて、あらゆる人との対話を重ねた人でした。
わけても、クサンティッペというとんだ悪妻を持ったせいでしょうか、心身ともに美しい若者に目がなく、プラトンをはじめとする、俊英を集めて、サロンのようなものを開いています。
哲学のサロンというと、青ざめたひ弱な青年が集まって、ため息ばかりついているイメージがありますが、アテナイでの自由市民は、要は戦える戦士を指すので、門下生の大体が軍人。だから、ソクラテスのサロンでの議論は、体操場でレスリングの技をかけあいながら、
「ムォッホ、先生、真理とは??」
「ぬぅっふん、それはだな、クリティアス!!」
なんて、男くさいことこの上ない雰囲気のなか、行われていました。
この暑苦しいサロンで、巣だった弟子は、みんな一角の人物になり、将軍や政治家、あるいは著述家として名を残しました。なかでも、ソクラテスが最も愛した人といえば、アルキビアデスが筆頭に挙げられるでしょう。
彼はとにかく美しかった人で、プルタコス英雄伝にも生涯を通じて衰えなかった、永遠の少年の如き美貌をほめたたえられています。
自分でも、容姿への自負はあったようで、有名なプラトンの「饗宴」では、キヅタとスミレで編んだ花冠を被り、髪にリボンをたくさん結わえけ付けるという、全盛期のボーイ・ジョージみたいな姿で登場します。
見てくれだけでなく、将軍としても、政治家としても超一流。天が二物どころか、万物を与えたような人でした。彼が生きている間、アテナイ、スパルタ、ペルシャ、当時の超大国三国が、この男一人の動きにかきまわされていた感があります。
しかし、彼の行動は、不可解かつ複雑で、骨折りと才能の割に成果は少なく祖国アテナイに対しても、功より罪の方が多かったのかもしれません。
男も女も魅了する美貌の持ち主で、どこでも才腕を発揮し、どこでも愛されながら、どこでも憎まれ、最後には運からも祖国からも見放されて、非業の死を遂げた、アルキビアデス。彼とソクラテスとの愛はどのようなものだったのでしょうか?
プラトンの「饗宴」と「アルキビアデス」を主なテキストに、ひも解いていきましょう。
「僕はライオン」——絶世の美少年、アルキビアデス
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